箱庭本編 | ナノ




 わたしがこわいと思うこと


ブツリと切れた音が一つ。響いて見据えたのは誰も居ない廊下の先。白銀が漆黒を担いで走り去ったものの数分。隣に佇むオタクがお得意の妄想をせずに唸りを上げた。

「探してた、からなあ」

動きもしない男を隣に吐き出した言葉は霧散する。どうせ直ぐに気付かれる癖に。どうせ直ぐに逃げられる癖に。―――訳の分からない苛立ちと、焦りをそのままに、「康貴」と名前を呼んで揺らぐ視界に小さく笑んだ。

初めて出来た友人だ。紅の君を正座させたり、いきなりキャラチェンをしたりと忙しない人。然し、瞳の深い漆黒を褒めた時に滲んだ喜色。目は口程に語るとはよく言ったものだった。

表情が無いと誰が言ったのか。然らば、中等部の頃の自身だって変わらなかった筈だ。楽しそうな雰囲気に当てられて、素が出たと言っても過言では無い。羨ましいと思ったのだ。当たり前のように隣り合わせに互いを支える姿が。

「―――…何、あれ?」
「康貴…?」
「ヨシ、何で連れていかれたの?」
「俺にも、分かんないよ」
「Do not know is usually.(知らないのが普通、だよねえ)」
「……ちょ、康貴」
「ああ、もう!ふざけんな!!」

耳を通った簡単な異国語。聞き取れはしたが、掻きむしった艶やかな黒髪が乱れる。ズレた眼鏡の隙間から見えた赤が剣呑な色を纏い、細やかな報復をしてやろうと康貴は二人目の友人候補が走り去った方を睨んだ。

「とりま、シュンなら分かるよね。君名持ち?の役割とか」
「紅の君も君名持ちだし、…知ってるだろうけど、あの人全く役割こなしてないからなー」
「サボりはアストルとして認められません!!月に代わって、太陽がお仕置きしちゃいまっしょー!!」

キランと浮かべた笑みは輝かしく、お前さっきまで動揺してたよなあ?とは聞けない。今目の前に存在する光明は、自身達の親となった人。何も知らない、純白の存在だ。

汚してなるものかと決意し、奪われてなるものかと唇を噛む。―――月のように微笑む人と太陽のように笑う人。だったら、自分は彼等の何になれるのだろうと思案して諦めた。

「紅の君を探すってなってもさ、この天照だけで十階建て。本校舎、然も進学科クラスだけで四棟あるんだぞ。どうやって見つけんの?」
「文明の機器に頼らずとして何があるのかね!?答えは携帯!Toペット!!」
「…そうだった。康貴は副総長サンだったっけ?つまり、変装愉快犯受け!!」
「愉快犯はピンポン大正解なんだけど、副総長云々はねえ、あは!……うはっ、全員アド変してねーや!エラメ来ない!!」

ケラケラと笑って両手を上げる。『送信完了しました』と表示された画面を何とか見上げて苦笑混じりに溜め息を吐いた。―――と言うか全員に送信したのかと八尋は微かに目を見開く。アストルの幹部メンバーは何の因果か、高等部に集結しているのだ。

(居場所晒してるようなモンだよー、康貴さーん)

心の中で突っ込んで、返事が来るまで歩こうかと切り替えた康貴を見上げて頷く。『初代外部生、オメデトウ』脳裏で揺れた紫色は皮肉に笑っては、鋭い歯を見せてチェシャ猫のように笑っていた。素直に求める事の出来ない助けを乞わせようとした、イカれた猫。

思い出しただけで腹が立つ。生徒会は苦手だ。でも、その気持ちは直ぐ様マイナスに片寄る。友人である二人を探す神様にだけは、渡さない。平凡でオタクの負(腐)要素しか持たない自分に何が出来るのか。分からないけど、思い至らないけれど。

―――独りにはもう飽きたんだ。

「じゃあ、まずはどうすんの?」
「はいはい!康貴くんに任せなさい!屋上から覗けば見えると思われる!」
「此処の屋上庭園って十一階ですよ、康貴さんやーい」
「ヒロやんは心配しなくてもいいんだよ!それだけでダーリンは幸せ有頂天!よし、結婚しましょう」
「ごめんなさい。俺には沢山の嫁が時空の壁の向こうで待ってるんで!!」
「ふ、フラれたァ!!」

大口を開けて、猫耳フードをパタパタと跳ねさせながら笑う。笑う。「あ、俺ともアドレス交換しましょ?」と言われ、身内以外で二人を新規登録出来た喜びは計り知れない。屋上に向かおうかと一番近くにあったエレベーターに乗り込めば、本校舎に続く道が見えた。





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