箱庭本編 | ナノ




 ハロー、プリンセス


担がれた。腹に食い込む肩に感じる痛み。これが誘拐か。瞬かせた瞳は既に眼鏡に阻まれ隠れてしまう。体格が似ていても尚、痩躯のお陰か軽々と持ち上げられてしまった。

「―――あの、神尊さん?」
「どうした」
「俺は、何処に行くんですか」
「生徒会室だ」

たったったと駆けながら向かう先は神の住まう場所。胸元に顔を埋めるように担がれていた美樹は、さてどうしようと困ったようにその感情を瞳から滲ませる。煌めく白銀が、上下に揺れては横目に見た瞳は無感動に前を見据えていた。

―――お互いが理解しているのだ。

交わってはいけないと。
理解し合えないのだと。
認めあえない存在だと。

合わない歯車は早急に取り去って、真新しいものへと変貌を遂げる。『お前は誰だ』と問うた深海よりも深い夜の紺碧。白銀を隠した黒と漆黒を隠した金が邂逅した。欲しいのだと求め、羨ましいのだと背を向ける。

「神尊さん」
「何だ」
「神王院は山奥だから、星は見えますかね」

『周極星だけは、変わらない場所にある。…だから、好きだ』

「……ああ、見える」
「それは、良かった」

声に色が付いた。艶かしい色では無い、嬉しげなそれ。星に見守られていなければ生きていけないと曇天の中、流れない涙を流した人を思い出した。皇帝の名を持ちながらも、人を欲しながらも、獣だけを傍に置いた銀。

後ろから聞こえる騒々しい声は一つだけ。長い黒が無い今、確信が無くとも傍に居られるかもしれない。幸い、今日を含め二年と少し。表に姿を出した事が無かったのだ。初代外部生以外、誰も知らない神帝の姿。

口止めをしよう。
(いつか星空の下で交わした言葉を)
約束をしよう。
(必ずその姿を視界に納める事を)

―――そして、また、子供のように引かれた腕の先に満天の星空を分け与えよう。

「お前は、星が好きか」
「はい。星に見守られていなければ生きていけないので」

泣き喚く事を知らないからこそ、この手で泣かしたいと思ったのかもしれない。全てを悟り、総てを諦めた黒帝は、総てを手にして全てを与えられた神帝の肩の上で口端をゆうるりと上げた。

辿り着いた扉は真朱の色。開いた先に居たのは優雅に佇む女神ただ一人である。脳裏に過った唐金の主が笑い、直ぐ様銀糸を持つ赤い化け物に食われてしまって小さな後悔。

「我が君、何故彼が此処に?」
「君名持ちとしての役割とその他書類を手渡すが故」
「…そうですか。いらっしゃいませ、天空の君。紅茶はお好きでしょうか?」
「紅茶はいい。直ぐ口に出来る茶を一つ」
「なら私の飲みかけでも如何?」

パチンと瞑られた片目からは今にも星が飛びそうだと思いつつ、ゆっくりと地面に下ろされた美樹は、地を踏み締めて頭を垂れた。

「飲料は今の所大丈夫ですから」
「あら、残念」

クスクスと笑う姿は美麗な絵を見ているかのようで、つられるように笑みを浮かべた。パチンと鳴らされた指に、「「お呼びでしょうか、翡翠の君」」と燕尾服を来た男が二人現れる。「彼に渡す資料を早急にお願いします」と告げた要の視線は、真っ直ぐと美樹に向いていた。

簡易ファイルに綴じられたものがそうなのだろうかと慎の手に渡ったそれを見つめる。「―――此方が天空の君に。此方が光明の君のものだ」受け取ったそれに目を通そうかと手を掛ければ、掴まれた右手を引かれ、ソファに並んで腰を据えた。

「君名持ちは必然と生徒会若しくは風紀取締役会に属さねばならん」
「風紀取締役会、ですか」
「巷で聞く風紀委員と役割は変わりません。生徒会は既に席が埋まっているので、越前くんや笹塚くんには風紀に入って頂ければなりません」

曰く、風紀は生徒会の壁となる。
曰く、生徒会は風紀の壁となる。
曰く、学園の双璧のようなもの。
曰く、親が子供を守る為の手段。

「一年生から所属は酷かもしれませんが、秩序の為です」
「美樹、担えるか?」

美しい貌が美樹を覗き込み、一身に浴びせられた視線は興味ただ一色。不快では無かった。ただ、誰かに似ているなと既視感。







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