箱庭本編 | ナノ




 始まれ、世界


気紛れに歩いていただけに過ぎない。その行為を珍しいと笑む女神も今は職務に終われているのだろう。―――並ぶ黒が三つ。全てが辺りを見渡して首を傾げていたからか、珍しく興味を抱くと言う感情を浮かべた男は、ああそう言えばと今にでも両手を叩く勢いで首肯した。

「いい?それで話してよ!?」
「ああ、分かったよ」
「うわあ、美樹何か気持ち悪いって」
「ダーリンを守る為だからね!!分かってるよね?分かってなきゃ、ぶっころだよ?ぶっころ!!」

大中小と並ぶ姿は一般論としては微笑ましいのだろう。目は逆光する眼鏡の所為で分からないが、口許に浮かぶ柔らかい笑みは引きつっていた。無理矢理なのかと納得しつつ、いつか書類で見た顔だと理解して役割を思い出す。

新入生。それも君名を貰い受ける事になる存在。傍らに立つのは初代外部生の黛八尋だった筈だと思案。僅か三秒で終了した思考の渦は霧散し、男は銀糸を揺らしながら三つの黒い毛玉に近寄った。

ぶっころぶっころと訳の分からない言葉。ぶっ殺すをただ短くしただけのそれを理解出来ないからか、溢れる知識欲故の行動に出た訳だが。

「君、だーれ?」
「神尊慎」
「年上、ですか?」
「三年だ」
「…銀灰の君、ですよね」
「ああ」

康貴、美樹、八尋の順に並んだ言葉に素直に答えれば、『銀灰の君』を知らない前者二人は不思議そうに男を見つめる。日の光に煌めく銀灰の髪。揺れる前髪からひっそりと覗いたら双眸の片側は紫紺色。この世の美しさを詰めたような色合いを見つめる事数分。

美樹は隣で呆然としたまま動かなくなった八尋を不思議に思いつつ、先程まで練習していた口調で目の前の男に笑顔を向けた。

「―――初めまして、銀灰の君。俺は越前美樹って言います」
「Sクラス所属、今期学年代表の天空の君だろう」
「え、何この人。ヒロやん通訳してよー」
「笹塚康貴。Sクラス所属、今期学年代表補佐、光明の君」
「いやいやいや!俺に言うなって!!」
「黛八尋。Sクラス所属、………む、」
「言う事無いなら名前出さないで欲しいですうううう!!!」

悲鳴を上げると共に小さな身体を更に小さくした八尋は、目の前に君臨する『銀灰の君』に頭を悩ませるしかなかった。本来引きこもりと言っていい程に表に出てこないその人が目の前に居るのだ。神様仏様ホモォ様。生徒会長が引きこもりなら自分と仲間じゃないのかとか一瞬でも考えてごめんなさい。

何だこの神々しいのは。ニートでも引きこもりでも何でもねえじゃねえか。思わず床をダンッと叩けば、大理石だからか手に反動がきてしまった。痛い。物凄く痛い。

「……学年代表、ですか?」
「学年一位と二位に与えられる権限だ。各学年に存在し得る者達だが、この私にも不本意ながら『銀灰』と言う名が存在する」
「つまり、俺達も一年生を代表するって事だよねん?」
「最上学年の君名持ちが下級生に教えるのも仕来たり故」
「それは、…有難うございます」

一度物言いに詰まりながらも、神尊慎と名乗った男に頭を下げた美樹。そんな美樹を見て同じように頭を下げた康貴は、「シンちゃんって呼んでもいいですかあ?」と眼鏡を反射させながらも犬歯を覗かせて笑った。

パチリと瞬いた異色の目。「…シンちゃん?」と不思議そうな慎に対し、「銀灰の君の事ですよん!」とダブルピースで応戦する康貴。この男に年上を敬うと言う言葉は辞書に無いらしい。好き勝手言い出した康貴に、「何言ってんの康貴!!」と素早い動きで頭を叩いた。

「いったいなあ!シンちゃん可愛いじゃん!シンちゃん!」
「……シンちゃん、うむ、珍しい名だな」
「あだ名ですからねえ。あ、俺はご存知だろうけど康貴だから、ヤス以外なら何だっていいよー!」
「……ふむ」
「康貴でもいいですぞ?」
「では、康貴にしよう」
「はいよー!」

僅か数分で『銀灰』とは別の『神帝』とも呼ばれ、アストルと敵対するチームのトップである男を『シンちゃん』と呼んだのはアストルの副総長である。この異質な光景は夢なのかと頭を掻きつつも、髪の色がお互い違うから分からないかと八尋は己を無理矢理納得させた。

「じゃあ、俺は神尊さんと」
「私は美樹、でいいのか」
「はい、どうぞ」

未だに爽やか優等生を演じる美樹に焚きたくなるフラッシュを堪え、角膜に焼きつけようと意気込んだ八尋の前に銀色。表情の欠片も無いその顔に付いている唇から吐き出されたのは、はてさて何なのか。

「―――ま、マジでか!!!」

平凡オタクが叫ぶ事になる事には変わり無い訳だが、コクリと頷いた『銀灰の君』に畏怖よりも萌えを感じたオタクは生粋の腐男子なのだと後に自慢げに語る。

窓の向こうからヒラリと舞う桜。まるで始まりを合図するかのようにその命を終わらせた。







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