箱庭本編 | ナノ




 呼吸が滅びるその前に


ひょこひょこと歩きながら着いて行く様子は親鳥と雛鳥のそれである。然し、雛鳥側に居る夜鷹はアストル内では最年長である。違和感しか感じないのが隣でうざったそうに頭を掻く九条だった。

「今年も始業式典、神帝出るんですかね」
「あ〜、神尊慎だったかい?去年も映像だったし、今年もそうじゃあないかなー?」
「あいつの話すんじゃねーよ、うぜェ」
「シュンさんってばマジで嫌いなんですね。神帝」
「あったりまえっしょ?オジサン等のキングにちょいちょい手出ししてたもんよォ」

呆れたように肩を竦め、「ジョーにはまだ早かったかい?」と上げた口端を視認しては飛ぶ拳。最早喧嘩ップルとしか言えないその遣り取りに気怠そうに眉を寄せた竣は、一つの扉を前に右足を上げた。

ガンッと蹴って「開けやがれ!」と一声。反応が無ければ、「クソビッチが!!」と先程の数倍の威力で扉を蹴る。―――鈍い音と共に外れた扉の先には、畳に正座をして茶を啜る天照寮寮長の早乙女薊が一人。

「何で御座いましょう、紅の君」
「一年をカモにしてた奴拾ったんだよ。取り敢えず生徒会に繋いどけ」
「は?私にそれを処理しろと?貴方、何様ですか?」
「百目鬼様だよ、コラ。いいからさっさとしやがれ、グズ」

ハンッと鼻で笑い、ビキリと立ったのは誰の青筋か。言わずもがな向き合う紅と青の訳だが、吹き荒れるブリザードで雛鳥二匹が悲鳴を上げている。素知らぬ振りで竣に小馬鹿にしたような笑みを向けたまま、薊はその肩に乗った加害者を見た。

「―――それが加害者と言う事で宜しいんですね?」
「そう言ってんだよ。理解しろ」
「ま、待った待った!!寮長さんもそんなにピリピリしなさんな!生徒会に連絡させてくりゃあ、いいからさ!」
「……荊尾様ですか。今なら翡翠の君に繋げる事が可能ですので、暫しお待ち下さい」

春休みから入寮していた薊が淡々とこなしていく仕事は、学園内でも評価の高いものだった。然し理由は不明だが、竣と仲が悪いらしく、事ある事に罵詈雑言を交わす二人を見ない日こそ少なくは無い。「大人げないぞ」と誰かが言えば、「大人げない?私が?」と冷ややかな視線を貰うだけだ。

一方、竣は敬うのは彼の人だけだと豪語しては居ない存在を探していたのである。現在その人は、自身の幼なじみの手によって爽やか優等生として変貌しているが、それを知るのはまだ先だろう。

『―――はい。此方、生徒会』
「翡翠の君、此方、早乙女に御座います」
『早乙女さんですか?どうか致しましたか?』
「寮長室に五月蝿い獣が入り込んでしまったので、今直ぐにでも処理班を…」
「おい、コラ。斑鳩か?新入生をカモってた奴を拾ったからそっちの庶務に回収させろ」

モニターのようなものに映ったのは柔らかい笑みを携える学園の王子様である。生徒会副会長。翡翠の君。斑鳩要その人であった。―――要は、突然の竣の言葉に瞳を瞬かせたが、「ええ、分かりました」と納得をしたような表情を浮かべて一方的にモニターを切る。

夜鷹と九条はモニターを覗いていた二人を眺めながらも、完備されていた冷蔵庫にあった牛乳を取り出してコップに分けた。「シュンって飲むっけ?」「知らないです」ツンとして返した九条に絡む気力も無いのはブリザードの所為だとして、ドサドサッと三人の加害者を畳に落とした竣は用済みだと言いたげに部屋を出る。

「扉を直して頂けますよね?紅の君」
「一々、それで呼ぶんじゃねえよ」
「了解致しました。百目鬼様」

「なんて、可哀想な人」呟いた言葉は倒れた扉を勢い良く嵌め込まれた事によって、掻き消えた。それ以上口を開くなとでも言いたげなその音は、夜鷹達を驚かせる事も容易いらしい。肩を跳ねさせた夜鷹と九条は牛乳片手に寮長室を飛び出した。







―――神王院高等学園の各学年には、二人ずつ代表が存在する。三年には『銀灰の君』と『翡翠の君』。二年には『紅の君』の一人と言う例外があるものの、今年も新入生の進学科の2トップから名乗りが上がるのだ。

「さて、坊ちゃんの君名は如何なものでしょうかね」

君名とは神王院のみに伝わる造語である。全ての名に『君』が付くからといつから言われ始めたのかも分からないそれだが、既に学園内に浸透しては生徒達は当たり前のように今年の君名はどんなものかと、どんな人物達が選ばれたのかと言葉を交わすのだ。

学年一位の越前美樹と二位の笹塚康貴。彼等が織り成す世界はどんな色を残すのかと高揚する気持ちを抑えながらも、傍らに置かれた『黛八尋』の名が書かれた紙を卓袱台に置いた。

2トップの二人と二十位の八尋。二人に何も無ければいいと整った顔を歪めた薊を、誰も知らない。





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