腐り落ちるのでありました
「眼鏡忘れちまったじゃねえかよ、おい」
「落ち着け」
「俺の!この素顔を見てから言えよバカァ!」
「大丈夫だ。いつも通り美人だ」
「……やだ、もうヨシのバカ」
ピンクのオーラを発しながら(主に康貴が)蕩けるよう笑みを浮かべる二人を見て足を止めたのは八尋である。合流しようと言う旨が書かれたメールを美樹から受け取って部屋から出てきてものの数分。
―――デジカメが火を吹いた。
「キャアアアアア!!!顔を赤らめる康貴すげえ可愛い!カメラ目線オネシャス!ハァハァ、可愛いよ可愛いよ!!美樹!頭に乗せた手を首裏に持っていって!そんで、……抱き寄せろ!!」
八尋の勢いに思わず動いてしまった美樹は康貴の頭を撫でていた手を指示通りに動かして抱き寄せてしまった。此処廊下だよ!と注意をする人も居なければ、訝しむ輩も居ない。つまり無人。好き放題やれると言う訳だ。
「ぶふっ」と美樹の肩に鼻をぶつけた康貴は、自身の瞳を覆っていたものさえ忘れてしまった事に顔面蒼白である。「もっ、萌えるだろうがああああ!!」叫ぶオタクとフラッシュ音。美樹は自身の目が死んだ魚のようなそれになっていないか少し心配に思った。
懐に眼鏡入れていた訳でも無いのに、当然のようにそれを取り出した様子にキョトンと瞬く赤。「オニから受け取ったんだ」と紡がれた言葉に納得して、甘さを意識した声色で「掛けて?」と傾げる首は45°。
「―――…しょうがないなァ」
可愛い可愛い幼なじみのお願いだ。叶えてあげようと掛けてあげれば、逆行のお陰で赤が隠れていく。いつの間にかフラッシュ音は止んでいた。
「ヒロやんと俺って同室?マジ?」
「あ、うん。俺なんかでごめんな?もっとふさわしい攻めが康貴と同室になるべきなのにさ!!」
「うん、俺フダンシ語分かんなーい!」
美樹の背中に回した腕をそのままに笑う康貴。データ残量が無くなってしまったカメラを床に叩きつけたくなりながらも、八尋は笑ったままだった。
そして唐突に康貴が口を開く。
「ヨシ、演技しよう」
「………は?」
たっぷり三秒待っての疑問。訳が分からないと傾げた首を縦に戻した様子は初めて見たオモチャに疑問を抱く幼児のよう。分かりにくい例えだったかもしれないが、そうとしか表現が出来なかった。
「今の口調もどっちかって言えば、優等生っぽいけど!シュンにバレた時点でヤバい訳なのよ!分かる!?」
「…あ、ああ」
「つーまーりー、『アストル』の『ネーロデウス』が『神王院』に居る。それってヤバくなあい?」
「元、だろう」
「俺とヨシが手塩に掛けて調きょ…世話したペットが簡単に諦めるとでも!?『欲しいものは時間が掛かっても追い詰めろ』とか訳分かんない取り決めしたコトリとかマジでヤバいかんね!!」
神王院で誰もが目にした事があるであろう名前。そのトップに君臨していたと言う過去があり、今では行方知らずとなった存在が知れ渡ってしまえばどうなるかは分かる筈だ。やはり不良についての話についていけなかった八尋は、廊下に座り込んでデータチェック。
「あ、……いや、見なかった事にしよう」
写真の端に写る紅に目を瞑り、電源を切っては懐に収納。程良く満足したオタクが顔を上げた途端、硬直してしまった。
「はい!ヨシ喋って!」
「初めまして、越前美樹です。これから皆さんと仲良くなれたらなあって思ってます。宜しくね?」
ニコリ。浮かべられた笑顔は引きつっていた。然し逆光眼鏡を掛けた好青年だなんて不可思議な光景に八尋は噴き出す他無かったのである。その口調で喋る場合、眼鏡の下の目がどうなっているのか気になってしまったが、あの視線はどうにもこうにも心臓に負荷しか与えない。
よって却下。取り敢えずキャラ作りを始めた友人達の声をどうにかしようと立ち上がる。
あ、腰が痛い。