箱庭本編 | ナノ




 爪の間に溜まる苛立ち


家。それは元来、『人』が『帰る場所』である。帰ると聞いて、さて何処へ?傾げた首は戻る事無く、傾いた世界を眺める。『帰る場所なんて無くね、俺ってば』誰に言うまでも無く呟いた言葉を拾った人が、彼の『家』となってしまった。

「だーかーらー、オジサンの家は家出してんだってば」
「家が家出するなんて初耳なんですが」
「オジサンも今そう思ったァ」

脱力。眉根を寄せたまま机に頭をぶつける上級生兼仲間をどう扱えばいいのか些か困り果てる。デカい図体で鬱陶しい。手刀を力強く落とせば、蚊に刺されたような感覚だったと震える肩。

―――…ああ、鬱陶しい。

「ヴェネレはあれですね。子供だ」
「おいおい、いきなりなーに?」

ポツリと呟いた言葉は拾われていたらしい。「おこだぞ、おこ!」なんて言いながらヘラヘラと笑う姿。慣れたようで慣れない。仕方が無いのだろうかと苦笑して、もう一度「ヴェネレ」と呼んだ。

「メルクーリオたんはオジサンに構って欲しいのかい?」
「ぶっ殺しましょうか、あんたを」
「あー、やだやだ。若い子は直ぐに暴力でものを言うんだから」
「あんたに言われたくねえよ」

おっと、思わず。口から出た汚ならしい言葉に塞いだ唇。窺うように見た先には、茜色がニッコリと笑っていた。―――式典は確か、午後からだっただろうか。いや、午前中だったかもしれない。思考を斜め上に飛ばして一つ首肯。

ふわふわと目の前で揺れる金色は偽りの色では無いにしろ、目立つ事に変わりは無い。ふざけた会話しかするつもりが無いらしい男の髪を乱そうと伸ばした手は、掴まれていて。

「ジョー、どしたん?」
「………何がですか」

『メルクーリオ』は『水星』。与えられた名前だった筈だ。先程までそちらを呼んでいた癖にと目の前の男を睨みつける。相も変わらない飄々とした佇まいに沸き上がる苛立ちは未だ慣れてくれやしない。

「いつもならさ?『あんたには失望しました。シュンさんに訴えます』とか何とかァ、言うじゃん?」
「……」
「寂しい?辛い?」
「……」
「悔しい?」

左右にこてんこてんと傾く頭を眺めて嘆息。「どうでしょうかね」なんて呟いた声音はやはりもの寂しい。気付かない振りでもしてあげよう。なんて優しいオジサンなんだと自己陶酔を始めれば、額に違和。

パチリ。開いた目は前を見ていたが、んん?と傾げた首は未だに曲がったまま。あは。なんて慣れない笑みを見せて、つついた額の主の後ろに見えた紅に挨拶をした。

「シュンさん、どうかしましたか?」
「あれま、シュン。どしたん?」
「……残党処理っつーか、掃除だな」
「シュンさんの掃除は粗いからってコトリさんが言ってませんでしたっけ」
「んーと、オジサンの解釈は『人間』の掃除と思ってオーケー?」
「ああ、人間の掃除だな」

右肩に一人。左手に二人分の襟を掴んだ人を確認して、橙と金が揃って首を捻る。「珍しいですね」「めっずらしー!」同時に上がった声は、竣の姿を視界に収めながら色を付けた。そんな二人に嘆息し、手伝えとでも言いたげに顎でしゃくった竣は二人の名を音にする。

「―――…ヨタ、ジョー」

橙の髪を揺らした荊尾夜鷹と、金の髪を指に絡めた鬼灯九条は声を揃えて竣の元へと歩き出したのだった。

例えば、此処で捜し求めた人が見つかったと言う。漏れ無くついてくる『実は後輩説』はアストルに衝撃を与えるのかもしれないが、無駄に知識と知力が有った竣は口を噤んだ。

ズルズルと引き摺る音。右肩に乗せた男が呻き、頭を上げたと同時に九条の手刀が首裏に入った。一瞬にしてサヨナラバイバイした意識に夜鷹は合掌。先程それをされては、蚊に刺されたみたいだと笑った奴からの合掌は嫌味にしか捉えられないだろうと九条は息を吐いたのである。





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