箱庭本編 | ナノ




 桜色の記憶


一人である。美樹も康貴も居ない今だからこそ疲れたように息を吐く。周りから刺さる視線は嫉妬なんて生易しいものでも無い。見つけた部屋の先。どうやら康貴と同室らしい。何てこった。

思い出したのはルビーとオニキス。此方に手を伸ばす物好き。でも、嫌いじゃ無い。不思議だなあと漠然と思い、誰かに似ているなあと思案する。―――そして、過る白。

「……いやいや、無いだろ。オタクに喧嘩売ってるようなもんだぜ?嘘だろ」

満開の桜の下。笑う姿。振り払っては携帯を開く。待受画面はお気に入りのキャラクターが縺れ合っていた。これぞ萌え。途端に紅潮した八尋は、先程登録されたばかりの名前を引っ張り出す。

メールでいいか。そう考えてボタンを押す。部屋のプレートに嵌め込まれた名前。犬歯を覗かせて笑う姿がまた重なった。歯軋り。そして視線から逃れるように室内に飛び込んだ。

消えろと念じて、死ねと願い、痛む腹を押さえる。「封印されし俺の魔力が、ッ」一人でする厨二ごっこは寂しい。うん、やめよう。一人ごちて白いベットに寝転んだ。







正座をさせられたのはいつ振りだろうか。傾げた首をそのままに腰に手を当てて説教をする男を見上げる。片目は柔らかい桃色。然し、隠された感情は喜楽に染まっていた。

「一年S組。つまり、叢雲センセイが担当って訳か。自分、えらい面倒なクラスに入ったんやね」
「……はあ」
「なんっっっ、で!!俺まで説教コース突入してんだよ弟ォ!」
「雫の親衛隊なんやからしゃあないやん?」
「……」
「納得いかねーよ!!」

怒鳴る小動物に肩が跳ねる。可愛らしい容姿から放たれる言葉の何と恐ろしいものか。こんなに可愛らしいのに、と未だに隣で正座をしたままの美樹は伊久園と呼ばれていた男の髪を撫でる。「てめえも撫でてんじゃねーよ!」怒鳴り声。少し新鮮に感じた。

ガミガミと双獅に噛みつく伊久園。思わず「強気受け、か」と呟いた。もし此処に八尋が居れば笑顔で強気受けについて語ったかもしれないが、美樹の脳裏には「写メ宜しく!」と赤茶色の髪を乱しながら一眼レフを押しつけた従兄弟さえ浮かんでいる。

「部屋に行きたいんだが…」

呟くが無視のようだ。少しだけ足が痺れるかもと危惧したが、元来痺れるような体験はしなかったの息を吐く。

固定音が鳴った。言い合いの最中に聴こえたそれは多分、きっと。開いて確かめれば『黛八尋』。望んでいた字面で唇が僅かに開いて字をなぞるように呟いた。

「『康貴と同室だった(*´∇`*)』…か。顔文字も使うんだな」

まじまじと見つめて立ち上がる。早く自身も部屋を見つけよう。小さな意気込みと共に踏み出す足は緩やかに進み出した。何処へ向かうのかは誰も知らない。美樹にも分からない。

―――…まあ、目指しているのは美樹の部屋だ。不良の巣窟を目指していた訳では無い。

「アァン?何だよ、眼鏡」
「新入生がどうしたんでちゅかー?」
「アッハ!迷子じゃなーいの?」

そう、不良の巣窟に来たかった訳では無いのだ。





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