箱庭本編 | ナノ




 そこには君が居たはずで


広い校舎を歩いていれば、自ずと分かってくる事がある。幼稚舎からあるこの学園は閉鎖的であると言う事だが、如何せん、美樹には従兄弟に植えつけられてしまった知識があるのだ。だからこそ、思考は横道に逸れてしまう。

康貴に任せてしまったが大丈夫だろうか。―――いつもは何も映さない黒い双眸が心配そうな色を残す。然し、眼鏡を掛けているからか、そんな事に擦れ違う生徒達は気付かずに訝しげな視線を遠慮無く送っていた。

進学科となると、妬みは有るのだと美樹の耳許で囁いた叢雲を思い出す。ああ、それで。なんて納得した美樹の表情は更に無を貼り付けていて、辺りに居た生徒達はその異変から逃げるように視線を逸らした。鬱陶しいのか、煩わしいのか、苛立たしいのか。

―――…分からない。何なんだろう。疑問を疑問のままに放置するのは美樹の癖だったが、視界を横切った水色に双眸を細めた。高く積まれた書類の束。周りにはチワワが数匹。キャンキャンと喚く姿は微妙である。内心ドン引きだ。

「やーかーらー!俺は雫ちゃうって言っとるやんけ!」
「じゃあ雫様は何処にいらっしゃるんだよ!また泣いてたら責任取れよ!?弟様!」

一匹の小柄なチワワが喚く。美樹ビジョンでお送りするとそうなる訳だが、可愛らしい容姿と裏腹に声色は雄のそれである。垣間出て来た好奇心。困ったように片目を細める姿は片割れにそっくりだ。くん、と鼻を鳴らす。懐かしい雨の匂いがした。

「―――…なあ、何をしている、…ですか」

敬語を拙く使いながらも、目の前の水色に問い掛ける。無関心が気紛れに何かを起こせば問題になる事を知ってか知らずかに声を掛けた美樹は、小さなチワワの頭に手を乗せた。指を絡ませ、梳く。その姿を刮目していた水色は、瞬時に状況を理解しようと瞳を瞬かせる。

「なあにい?眼鏡くんったら、俺達に何か御用?」
「強いて言うならば、用はある」
「俺達ね、雫様捜してるから聞いてる暇無いんだよ!」
「……そこを何とか」
「だーかーらー!!」

苛立たしげに眉を寄せられても、とチワワの頭を撫でたまま美樹は息を吐いた。

「一年での成績上位者に与えられる部屋が知りたい」

その一言で、ただそれだけの言葉でチワワは口を噤む。美樹からすれば、用を伝えれば早いと思っての行動。それだけなのに、何故?眼鏡越しに見えたチワワの表情は暗い。唇を噛み、顔の血色は悪く見えた。

水色の男は目を見開き、美樹を凝視するが、美樹はそんな視線を気にした様子を見せずにチワワの顔を覗き込む。―――瞬間、顔目掛けて飛んできた拳を掴んだ。空手の突き。有段者かと容易に掴んだ手をそのままに頷けば、チワワは叫んだ。

「お前の所為で雫様はAクラス落ちしたんだよ!!バカ!!」
「そ、れ、は、…すまない、な」

飛んでくる拳を避けながら美樹は謝罪を繰り返す。それすらも気に入らなかったらしいチワワは手を止めて、美樹を見上げる。仲裁に入らずに二人の動向を見つめていた水色の男は、晒したままの片目を撫でた。

こんな地味な男が有段者である男の拳を受け止めるなんて、と呟く。これはまたいいネタを見つけたと言いたげに乾いた唇を舐めた男は、飛び掛かろうとするチワワの首根っこを掴んだ。

「生徒会の真ん前で喧嘩とか自分達アホやろ?伊久園と眼鏡の子は直ちに喧嘩をやめなさーい」

ギャラリーだらけの天照。有名な親衛隊隊長と外部生の戦いに女神は微笑まず、似せようとしない双子として名を馳せる洞木双獅が微笑んだ。







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