テネラメンテ
ぺろりと平らげた炒飯。「御馳走様っした!」とテーブルに額を擦り付けながら美樹に向かって叫んだ竣を見る事も無く、美樹は八尋を見た。八尋は思う。俺を巻き込まないでくれ、と。
「八尋、そろそろ部屋に戻らないか」
「はいはーい!ヤスくんはオニに聞きたい事があるから残りまあす!」
「俺は美樹について行くよ、部屋割り気になるし」
めそめそと今にも泣きそうになる竣に、俺様で百目鬼家の長男でありながらも不良グループに所属するあの紅の君である百目鬼竣なのかと疑いたくなる。そんな竣の背中にダイブしては後ろで結われた髪をひたすら引っ張る康貴に手を振った美樹を追い掛けた。聞こえた声は、暗い。
「オニィ、全部吐けよ?」
◆
宵闇。月の出ていない夜に姿を現した男は柔らかな笑みを浮かべながら隣の男を一瞥した。
『…笑えてる?』
『おー、笑えてる笑えてる!んふふ、可愛いぞダーリン!』
『ありがとう、ダーリン』
イチャイチャと身を寄せ合い笑みを浮かべる二人組を遠目に眺めていれば、全く同じタイミングで振り返った二人が小さな笑い声を零した。
『天然物だぜ、ダーリン』
『仮面か。…忌々しいな』
声音は笑っていた。けれど、細められた四つの瞳は此方を睨んでいる。ただ眺めていただけなのにと姿を眩ます為の黒色のウィッグを撫でながら隣を見やれば、忌々しげに相手を睨む女神が居た。
唐金で出来た目許を隠すだけの仮面からの殺気を素直に受け止めた相手方はただ笑う。赤い瞳を細めた男はわざとらしく、恭しく右手を左胸に添えて頭を下げた。
『イケメンは巣に帰って下さい』
『台詞と態度が合ってない』
『やだ、ダーリンってば酷い!』
『イケメンは巣では無く、母親の胎内に帰ってくれ、だよ』
『……何なんですか、貴方達は』
『『変人は還れ』』
ビシッと指をさす二人に隣に立っていた男は苛立たしいとでも言いたげに口許を歪ませる。ポーカーフェイスに長けている男は自身の目の前でこれでもかと不愉快そうに眉を寄せて二人を睨んでいるが、仮面の所為か相手には見えていないようだ。
どうしたものかと考えながらも、さして興味を引かれた訳でも無く。面倒だと言う感情さえも無くしたからには、目の前の二人を力で退ければいいと独りでに頷いた女神が地を踏み出した。
『TRONOが喧嘩売るとかクソワロ!』
『っ、は……?』
地に伏せる女神。嗤う白銀。見つめる金色。瞬く己を嘲笑う夜空。反映されたかのように白銀に映る紺色は夜の色だ。思わず声を出しそうになりながらも目の前の光景を網膜に焼き付けるように見つめると、女神の背に足を乗せた赤い目が嗤った。
暗闇に気味が悪い程に響く声は反響して脳に伝わる。唸る女神を一瞥した男は、漆黒に統一された男の金糸が風に揺れるのを眺めながら笑ったまま。
『これ誰だろー?』
『さあ?…コトリ辺りが知ってるんじゃないか?』
『TRONOって事しか分かんないね!』
ケラケラと笑う様子は品が見受けられない筈なのに、何処か育ちの良さを感じさせる。此方を見やる黒曜石が何も映さない。それに初めて不快感を覚えた男は地に伏せた女神をからかう赤を無視したまま、歩を進めた。
『―――名は?』
『知るか』
『俺は『神帥』だ。お前も教えろ』
『……ルーナだ、神サマ』
見上げてくる双眸はガラス玉のように此方を反射して映す。見ているようで見ていない。沸き上がる不快感が何なのか分からずに男は目の前の男に手を差し出した。
『TRONOに来い』
『嫌だ』
『何故』
『メリットが無い』
『利益を欲すか。なら、何が欲しい?』
『…神帥サーン!!我がアストルのトップを欲しがっちゃあいけませんぜ!ソーレを通して下さいね!』
『くれるのか?』
『却下で!!』
スマイル0円の如くやけに煌めいた笑みを浮かべた男を見やったまま『そうか』と息を吐く。これは落胆だろうか。己の変化に疎い神帝は頭を悩ませながらも投げ渡された女神を受け止める。
どうやら意識を飛ばしているようだ。ケラケラと笑ったままルーナと名乗った男の腰に後ろから腕を回して僅かに顔を覗かせたソーレは嗤う。メリットもデメリットもただの建て前なのだと理解した途端のこれだ。
『惑星が君に襲い掛からんとするから気を付けてねん!』
『爆発して大気に消えろ』
『うふん、ルーナったら辛辣う!』
『爆発して大気に消えろ』
『大事な事だから二回言いました!』
テンポ良く会話をする二人は神帝に恐怖を抱かない。まざまざと人としての差を見せつけられて恐れる他とは違う何かに魅了されたのは、確かにこの瞬間なのだろうと後に語る。