箱庭本編 | ナノ




 一人分の過去を掬い上げました


ネーロデウス。直訳すると『黒の神』となるのだろう。金糸をその身に纏いながらも黒を好み、気紛れに世界を壊して創る。まるでシヴァのようだと誰かが宣い、彼は『神』の名を持った。『黒帝』と書いて、ネーロデウス。『ASTRE』の頂点である。

春に忽然と姿を現し、冬が終わる前に姿を消した。隣に立つ事を唯一許された『銀光』ルーチェが笑みを浮かべて手を引く。フードで隠された顔が姿を現して、見えた双眸はルビーよりも透き通った赤をしていた。

ネーロは月。ルーチェは太陽。共に在り続けようと互いに飲み交わす姿を羨望の眼差しで見つめるのは誰もが同じだったのだ。昼に輝きを放つ為に存在する太陽に夜は似合わない。幾重にも張り巡らされた糸に絡まり捕らわれたのはさて、どちらから発せされる光なのだろうか。

『跪け、俺達の犬』
『跪いて、俺達のにゃんこ』

―――揶揄めいた表情もせず、無表情と笑顔をその貌に貼り付けて言う二人に素直に膝を着くのは生存本能故か否か。恭しく、神の御前に跪く愛犬と愛猫達は首や指や脚や腕に所有印を施して忠誠を誓う。

『貴方の犬は、』
『貴方の猫は、』
『『貴方達の名に於いて存在の意味を持つのです』』
『ルーナ、』
『ソーレ、』
『『今宵は如何致しましょう?』』

初めて見た光景に度肝を抜かれ、食い入るように見つめたのはまだ夏に入る少し前の事。蝉がちらほらと鳴き始めている初夏の夜。然し夜だからか、その鳴き声も鳴りを潜め始めていた。

誰かが買い取り、溜まり場になったバーでは珍しくない光景だと下っ端の男が言う。現総長が就任したのは春先。今は初夏。―――目の前に跪く幹部達を纏めるのが、この二人なのだろう。短期間でこれ程までに?不思議で堪らない。何故?どうして?

『凄ぇ…』

感嘆の声が漏れる。革張りの、少しだけ座り心地が悪そうなソファに並んで腰掛けた二人を見つめて、ただそう思った。金糸を靡かせ、変わらない表情に僅かな笑みを見せた男が立ち上がり、黄色い首輪を嵌めた元副総長の首輪に指を通して顔を寄せる。

『族潰しがうちのに手を出したのは事実か?』
『……、はい』
『へー…。にゃんこを?わんこを?』
『生後三週間の犬だ』
『俺がシメてくる!』
『煩い。俺が半分殺す』

生後三週間。それはアストルに入って三週間しか経っていない新人の意である。所有物と言う名の家族に手を出された事に怒りを滲ませた男は犬歯を覗かせて両手を開いた。

『今宵は宴だよ?躾のなってない野良犬共にお仕置きを施して上げよう!優しく、そして厳しく!我が家の教訓は、』
『働かざる者食うべからず、功労者には最大の褒美を』
『総長が飯作るから速攻ぶちのめして帰ろーね!』

ニコリと笑った顔が周りの視線を捉えて離さない。立ち上がった面々に満足げに白銀の髪を揺らした。同時に金糸を揺らした男の首に腕が巻かれて前のめりになる。総長と呼ばれた男の首を副総長の腕が捕らえたのだ。

―――今日は誰の散歩にしようかなあ。呟くように零された男に紅髪を結んだ男が声を上げた。幹部格の中でも随一の力を持って並ぶ、元総長である。男の言葉に黒のニットから出た白い指を顎に添え、ゆっくりと彼は手を差し出した。

『今日はお前にしよう、オニ』
『っ、はい!』
『じゃあ、俺はねー…勉強っつー事でシズ!行きますぞ!シズー?』

離れた場所から見ていた自身の名を銀糸の男が呼ぶ。途端に肩が跳ねて悲鳴を上げれば、彼等の前に跪いていた幹部達が此方に視線を向けた。嫉妬よりも羨望に近い視線が何処か恐ろしい。副総長に名前を覚えられていただとか、一気に緊張で頭の中が真っ白になって俯く。

視界を、桃色の幕が覆うように落ちた。

『オニ、シズ。行くぞ』
『行って来まーす!』

名前を呼ばれて駆け出す。ニットを脱ぎ捨て、黒と白のスーツに身を包んだ二人を眺めながら、これから始まる彼等の時間に胸を躍らせた。

見上げた空に、満月がひとつ。

『『It's a show time.(遊びの時間の始まりだ)』』

憧れを抱き、その強さを羨み、ただ焦がれた背中は夢のまま。

「―――…バーカ。夢にまで出て来るとか、反則やんか」

夜だった筈なのに、空は晴れ渡っていた。




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