箱庭本編 | ナノ




 追伸、近々死にます


見えない耳を下げたまま窺うように美樹を見上げる竣はさながら犬だ。康貴がいつの間にか竣の部屋の中に配備された冷蔵庫から引っ張り出してきたミルクティーを、ペットボトルから直接飲みながらそう思う。

懐かしい光景だなあ。感慨深いとでも言うのだろうか。此方に助けを乞う可愛らしい泣き顔(拗ね顔)を見つめる。似合うだろうなと零した幼なじみが初めてチャレンジした毛染めに嬉しそうにしていたのは誰でも無いこの『犬』である。

飼い犬は飼い主の『甘さ』を知らないのだ。だから捨てられないように追い縋り、良い子では居られない。だって、捨てられるのだ。口癖のように吐き出される『要らない』に怯えては震える。それを、康貴は知っている。

「俺は言ったな」
「……」
「要らない、と」
「…は、い…」
「『犬』は要らないんだ」

知識が有った。
(誰もが羨む程の圧倒的な、)

力が有った。
(本人さえも圧倒される力、)

ただただ、人を欲した。
(呆れる程の純粋さを滲ませては、)

(―――傍に居て欲しいと、願った)

それを一番知っていた。分かっていたから『集め』たのだ。自身が彼に惹かれたように、同じように彼の絶対なる『孤独』に惹かれた『ペット達』を。人間で在れば彼は多大なる人間に囲まれて生きなければならない。

(所詮、俺もこいつの穴埋めだもんなあ…)

生まれた時から傍に居て、笑わない顔を見てきた。同じ――の筈なのに。同じ―――なのに。何が違うんだと問い掛けた。全てが違うと周りは嘲笑った。孤児(みなしご)として生きる道を欲した自身に気紛れに手を伸ばした彼を引っ張ったのは誰でも無い康貴自身。

後悔なんて感情は母胎に置いてきた。朗らかに笑う母親に、しとしとと降り止まない雨を真上に迎えて置いてきた。

「オニ、」
「……っ、すみませんでした」
「謝罪は必要無いさ、意味を齎(もたら)さない」

偽りの金糸も金眼も姿を消しているのに、竣を見つめる双眸に込められた感情はやはり嫌悪でしか無いのだろうか。『ほォら、お前さんなら出来っかもなァ』掴まれた頭に向けられた四肢は投げ出されて笑っている。ジリジリと灼ける姿を知っていたからこそ、

「ヨシ、オニ!そろそろ終わらしてね?」

守らねばと本能で感じた。

「ヒロや〜ん!俺ってばお腹減ったからヨシにご飯作って貰いましょーね!」
「、え、美樹って飯作れんの!?」
「和食洋食中華何でもござれ、だ」
「うふふのふ!俺のダーリンはご飯が美味いの!」
「残さず食べてくれるのはダーリンだけだ」

お互いがダーリンと呼び合うのは些か可笑しくないかと八尋は思いながらも、正座をした竣の前で胡座をかいたまま小さく口許に笑みを浮かべた美樹を見た。

恐る恐ると立ち上がった美樹に話し掛けようか掛けまいかと目を泳がせている竣を視界の端に捉えながらも、ダーリンダーリンと八尋を釣ろうとホモ劇場を繰り広げ始める二人をガン見した。



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