箱庭本編 | ナノ




 終戦とアイラビユ


右手を揺らすと鈴特有の高音が鳴り響き、迷子防止だと冗談混じりに言われながら渡された首輪を撫でた。チリン、チリン。可愛らしく、然し存在感をひけらかすような音。性格改変とは良く言ったものだ。暴力的な性格をしていた己を嗤い、『変わる』事を教えた人を思い出す。

赤い眼差し。黒の眼差し。双眸が訴えた何かはきっとこれからの事を分かっていたのかもしれない。―――…二年。二年も待ったのだ。送っても直ぐに返ってくるメールが信じられなくて、掛けた電話も通じない。神様に見捨てられた。神様に見離されたんだと気付くのにそう時間は掛からなかった。

「僕にしては我慢してんだけどねェ…」

溜め息混じりに呟く息は春先なのに冷えていて、彼を囲んでいた親衛隊が感嘆の声を上げながら吐息混じりに「小鳥遊様…」と呟く。―――小鳥遊祭。神王院学園高等部生徒会会計であり、アストルの特攻隊長の名だ。

いきなり走り出しては来た道を戻りだした竣を気にした様子も無く、とぼとぼと歩く。幾つかのファイルを表に出たがらない引きこもり生徒会長に渡さなければいけないのだと思えば些か憂鬱な気分になってしまうのも仕方が無い。

チリン、チリン。チリ、ン。煩わしさを感じない鈴の音を耳にしながらも、これからの式典について思いを馳せる。外部から来た新入生が、然も特別進学科で2トップに君臨したのだ。―――騒然としたのは何も一般生徒だけでは無い。

神でさえ、驚きに銀灰色と紫色の双眸を瞬かせていたのだ。表情は驚きよりも本人でも気付かない喜色を現していて、神を心酔する冷酷副会長が悲鳴混じりにその身を副会長席に倒していたのが記憶に新しい。

―――…名前は、はて何だっただろう。興味が無いものにはとことん無関心を貫く性質の所為か、気に入らなさそうに何度もその名を呼んでいた副会長の姿しか頭には浮かばない。

天照を出て、小さな装飾を施された噴水を通り過ぎて既に見慣れてしまった校舎へと足を進める。まだ午前中なのに空に薄く浮かぶ月が大好きなあの人を彷彿させ、熱くなった目頭を押さえた。







「―――…正座」
「は、え、……え?」
「オニ、今すぐ正座だ」
「はっ、はい!!」

良く躾られた犬は飼い主の命令には逆らえない。

案内された部屋に入った途端に慣れたように命令した美樹。素直に応じる竣。爆笑しては八尋の背中を叩く康貴。茫然自失状態の八尋。二年生であり、Sクラスのトップ。名前を聞かない日なんて無い男が、現在進行形で新入生でしか無い美樹の言葉に素直に応じているのだ。

思わず懐のカメラがその情景を捉えたのはしょうがないのかもしれない。それ程有り得ない光景なのだ。

「オニ、俺が目立つのは嫌いな事ぐらい知ってたよな。分かってて声を掛けてきたのか?」
「あ、いや…俺はただあんたとどうしてもちゃんと話がしたくて…。俺等を見てた奴は後で吊しとくんで許して下さい!」
「……うひゃあ、ヨシが怒ってるー…!」
「え、紅の君がマジで?正座?まさかの元彼?」
「………八尋?」
「サーセン!!」

竣を睨んでいた美樹の顔からは眼鏡が既に取り払われている。わざとらしく顔を覆っていた黒髪を横へ流して八尋を見るその顔をはっきりと視界に入れて八尋は息を飲んだ。黒曜石をそのまま嵌め込んだような瞳。然し何も映していない。

思わず合わせていた顔を逸らせば、隣で既に寛いでいた康貴が様子に気付いて苦笑した。

「大丈夫だから、座りなよ。ヒロやん」

何が何だか分からない。項垂れる竣を視界の端に捉えたまま康貴の隣に座った。




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