箱庭本編 | ナノ




 君なぞり、君想い


―――例えば目の前で絶対なる存在が居たとする。二年も求め続けた世界の声が響くとする。耳に届いた声が発した言葉は、トラウマを簡単に植え付けてしまう覇者のそれだった。

「要らないよ、お前」

捜していた。校舎の玄関口で聞こえた落ち着いた重低音と同じそれ。彼の口から零れた言葉を聞き逃したくなくて、拾い上げて一番に叶えてあげたくて走る。俺は此処に居ます。あんたの犬は、今、此処で、情けなく泣き喚こうと今にも口を開いてるんです。

『なあ、オニ。お前は何が欲しかったの?総長に教えてあげてよ』

いつも代わりに口を開くのは理解者である人で、羨ましくて傍に居たくて求めた先は盤上の駒になる事だけでしかなかったのに。今貴方の隣に立つ男達は誰ですか。胸倉を引き寄せて縋りたくなる。けどきっと、許してはくれないのでしょう。

つい最近新しく入寮した寮長を睨み上げる双眸を知っている。底冷えしたその瞳が語る嫌悪は一時的なものでしか無く、きっとあの男も暫くしたら己の失態に気付くかもしれない。そう考えて、駆ける脚を止めた。

『―――…俺達にはねえ、欲しいものがあんの』
『みんなには当たり前のように在るのに、俺と総長には無いもの』
『オニもコトリもみんながきっと持ってるそれが、欲しいんだよね』
『ねえ、オニ。オニは何で、』

浮かぶ情景を振り払う。記憶の中で『オニ』と呼ばれたのは百目鬼竣ただ一人だ。そして、悲痛に表情を歪めながらも真っ直ぐ此方を見つめていたのは副総長である人。竣とは違う赤をその双眸に映す人である。

『俺も、欲しいんだ』

消えそうな声が響いていた。金糸の隙間から覗いた双眸が映す憧憬が初めて竣に向けられた感情だった。何故だろうと疑問を抱いて、何故だろうとその疑問の答えを探してきては、見失う。まるで迷子の子供を二人拾った気分だったのだ。

雨の代わりに桜の花弁が散り、兄弟のように寄り添う二人の頭を撫でた。容姿は同い年か年上のそれなのに、纏う空気は重苦しくて寂しい。月のような人と太陽のような人。二人が欲しがるものを与えられない己が憎らしかった事は今も変わらず胸にある。

断片的な記憶。毎日が色濃いものだったからだろう。思い出せない最後の言葉が気になって、笑いながら声だけで泣く二人が脳裏から離れない。―――チラリと横目に四人の男を見る。黒のブレザーに身を包み、ネクタイの下部に引かれたラインの色は赤。一年生の証だ。

此方の姿を見られないように壁に隠れて背を預ける。無意識に撫でた左手は、何かを求めるサインだと理解したのは二人をトップとして受け入れてから数日経った時に言われたのだ。

月に叢雲、花に風。きっと二年前の自身はこうも身を焦がして彼の人を求めやしなかっただろう。肥大した想いは、気付いた頃には抱えきれない程になっていたのだ。幸せを思い出す。欲しいものは今なら直ぐに答えられるのに、確証が無いから近付けない。

もどかしくて、もう一度姿をこの目に映そうと上体を曲げる。然し、その場に居た筈の彼等は既に歩き出していた。せめぎ合う落胆と安堵に気付かない振りをする。

「あんたの犬は、此処に居るんだよ」

早く、早く見つけろ。それから、笑って欲しい。

くん、と鼻を鳴らして竣は目を細めた。



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