箱庭本編 | ナノ




 吸い込まれて消えたとさ


「……っ、ああ!坊ちゃんではありませんか!私めを覚えておいでですか?そうです、坊ちゃんの教育係をさせて頂いた早乙女に御座います…!!」
「ヤス、知り合いか?」
「知ーらね!」
「ぼ、坊ちゃん…!?」

美樹達が寮内に足を踏み入れて僅か数秒の出来事である。やけに和装が似合うであろう美貌に満面の笑みを浮かべた男が美樹と康貴の前で跪いたのだ。因みに八尋は写真を撮るので忙しいらしい。

そして冒頭に戻るのだが、男を見るなり隣に佇む康貴を見た美樹がその口許に笑みを浮かべる。眼鏡の奥は笑ってはいない。然し冷たい視線を受けながらも早乙女と名乗った男は自らの身体を抱き込むような動作をしては、両膝を地に落として―――…喘いだ。

「はあんっ、…そ、その瞳で見下ろされるのを夢見て幾星霜…有り余る金と権力でこの早乙女は天照の寮長になったのです…!!お褒め下さいませ、坊ちゃん!」
「「黙れ」」

ブリザードが吹き荒れて、その空気の重さに気付いた八尋は表情を絵の具の青色にも負けない青に染める。そんな初めての友人第一号の八尋の様子に気付かない程に二人の胸中が荒ぶっている事は互いにしか分からない。

―――男、早乙女薊はその美しくもとろけきった顔を赤くして涙ぐみながらも立ち上がる。それに危機を覚えて構える美樹と康貴。ハァハァと息を乱して再度興奮し始める八尋。カオスが誕生した瞬間である。

「……しょーがないなあ。薊、『坊ちゃん』が命じてあげる。今は大人しくしてなさい。お前の出番は無いからね」
「寧ろ帰れ」
「ヨシも黙る!『坊ちゃん』命令、今すぐ部屋番号と入寮手続きさせて。後、教科書とか諸々も寄越しなさいな」

声色が低いものに変わる。何を恐れてるのだろう。何を見ているのだろう。いつの間にか外されていた眼鏡の下から顔を出した秀麗な顔が、薊を見上げた。170cm半ばの康貴が190cmを超えているであろう男を睨む。

庇うように立たれたら何も出来ないじゃないか。支えられ、守られ、隣を歩く。己よりも小さく輝く背中を見つめながらも、美樹は動けなかった。

「……了解致しました、我が主」

だからこそ、引き際を理解するこの男が憎らしい。唇を噛んで睨めば、甘い笑顔を浮かべて此方を見やる。―――薊の視界からアウトオブ眼中状態の八尋にとってこの空気は頂けない。誰か一人極寒の山に来たオタクをお助け下さい!萌えが足りません!

恭しく頭を垂れた薊はチラリと八尋を見る。知らない人間。当然のように佇む姿。ああ、なんて身分不相応な存在だろう。いつしか傍にも居れなくなるのにと一つ瞬きをした薊は、胸ポケットから取り出したカンペを見て口を開いた。

「『神王院学園高等部へようこそお越し下さいました。外部生であり、今期首席である越前美樹様には一人部屋を、今期次席である笹塚康貴様には一人部屋か二人部屋を与えたいと理事会からのお達しがありました。何卒宜しくお願い致します。―――就きましては、』」
「要らない。やめろ」
「……ヨシ?」
「美樹?」

話しながらも目の前の男の双眸が訴えるのは弱者を見下す強者の嘲笑と哀れみの視線。向かう先は幼なじみの友人であり、己の友人の八尋だ。苛立ちを覚える。殴りたくなった。―――でも、そこから何も生まれない事を重々理解しているからこそ、美樹は足早に薊の前に立って口を塞ぐ。

何を以て見下すのか。何を以て隔離するのか。辟易してしまうのは十数年は自身達に付きまとう『自称教育係』にであって、彼の後ろに存在するバカ達にでは無い。バカには興味すら浮かばないのだから。

「要らないよ、お前」

笑ってみた。筋肉が痛い。




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