箱庭本編 | ナノ




 小さくちいさく折りたたんで


「入寮の手続きもしなければいけないみたいだな」
「職員室じゃ駄目なの?」
「各寮にはそれぞれ担当する寮長が居るから、その人に挨拶も兼ねて行かなきゃなんないんだよ」

やけに分厚い案内書片手に呟いて首を傾げる。数々の絵画とそれ一つが人間の臓器を売っても買えなさそうな壺を指でつつきながら不思議そうに康貴は八尋を見た。

中等部の頃とはまた違った寮内の雰囲気を味わっては息を荒げ、「同室者は誰でしょーか!?ハァハァ出来れば康貴にはヤンデレさんで美樹には一途さんをオネシャス!!」と窓ガラスに額を当てては曇らせていた八尋はスイッチを切り替えて顔を上げる。

「中等部よりも大きいんだよ。俺も初めて来たし」
「ふーん、ヒロやんも初めてなんだ?」
「おう。中等部の頃は三人で一部屋ぐらいだったんだけど、高等部からは成績学年一位以外が二人一部屋っつー形になるらしいんよ。……あ、康貴さんやい、壺に顔突っ込んでも何も無いからな?」

もうヒロやん呼びは固定らしい。輝きを放たんばかりに笑みを浮かべて壺から顔を出した康貴は、まじまじとIDカードを眺める美樹を視界の端に捉えたまま八尋に向かって手を伸ばした。

スルリと撫でつけられる感覚を不思議に思いながらも、八尋は康貴の好きにさせる。どうにもこの幼なじみ組は不思議でならないのだ。纏う空気が他者とかけ離れているにも関わらず、ただ家柄が良いだけの八尋を傍に置こうとする。

―――会って三十分にも満たない筈なのに、自身は二人と居る事に心地良さを見出している事もまた事実なのだが。

「ヤス、寮はあのバカでかいホテルのようなあれか」
「…ワオ!凄い高そうだねえ?大理石かな!」
「まあ、大理石だろうな」

小動物を構うように頭を撫でられたまま目の前の特別進学科生徒専門寮『天照』を見上げながら八尋は笑う。美樹は眼鏡の奥にある目をこれでもかと言うぐらい強く擦った。どうやら夢かどうかを見極めているようだ。―――残念ながら夢では無いが。

つい先日までそれなりの中学校に通っていた美樹と康貴にとって、目の前の光景はとても浮き世離れしている。此処は本当に日本なのだろうか?ただ浮かび続ける疑問は庶民の証に違いない。

「寮長が居るのは何処なんだ?」
「入って直ぐの管理室だって!寮長はそこで寝泊まりしてるみたい」

ふむふむと演技めいた動作で頷いた康貴を素知らぬ振りで歩き出した美樹を八尋が追う。

『俺達はあんたの犬だ』
『好きに使っていいんですよォ?』
『だから、傍に…、ね?』

「―――……描きたい、な」

呟いて、笑う。脳裏で寂しく笑う置いてけぼりの犬と猫。カバンに眠る思い出の紙切れを捨てきれない事を理解しながらも、口癖を吐いた。趣味である写生画をまた時間があればしてみたいものだと目を細める。

二年の月日が経ったのだ。一年しか傍に居なかった自身達の事なんてとうの昔に忘れていても可笑しくないのに、気紛れに渡した誕生日プレゼントをその首に、その指に収めていたのだ。

独りは寂しいのだと。寂しいなら沢山の友人を作ればいいと笑った幼なじみが集めた『友人』は『ペット』へと変わり、美樹を苦しめる。

「……犬も猫も嫌いだ。人だけで、いい」
「ん?美樹何か言った?」
「…いや、何でも無い」
「ふは、ヨシったら緊張してんの?困りますわねー!」

思わず零れた言葉を八尋は聞き逃したらしい。少しだけ安堵の表情を浮かばせながらも俯いて顔を隠した美樹を、明るい声色で緊張を飛ばそうとした康貴が天照を見上げる。

「うっし!いざ、突入だーー!!」

チラリと見た背中は、やはり太陽のようだと思った。



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