箱庭本編 | ナノ




 エゴと膝を抱きしめて墜落


「―――外部生が二人、か」
「今年は二人もですか。多いですね」
「……黛八尋以来だ」
「ええ、そうですとも。叢雲教諭が担任なので問題は無いかと思いますが、……何か不都合でも?」

白で統一された一室にて。長い脚を組み替えながら飲み干した紅茶。そこから香る薔薇の匂いに眉尻を上げた男は、丁寧な口調で問う。然し男の様子を気にした様子を見せず、二枚の書類を眺めていた男は興味が失せたと言いたげに紙を投げ捨てた。

「興味は無い」
「貴方様が興味を抱くのは、あの御二方だけでしょう?」
「月と太陽は私を同等に扱う。仕様が無いだろう」
「主よ、私は些か疑問にしか思いません。貴方様があの者達に固執する意味が、」
「お前に理解等不必要だと見受けられるが?」

流し目の要領で此方を見やる男に息を飲んだ。見目麗しいその美貌が眼前にある事に身を引く。―――然し、右腕を掴まれている事に気付き、表情を青ざめさせた。

「私の可愛いインウィディアよ。口が過ぎるな、塞いでしまうか?」

つつ、となぞられる唇。悲鳴を上げそうになった男は頬を薄く赤く染めては左右に首を振る。目を細めて互いの左右異なる双眸を合わせれば、デエスと呼ばれた男は申し訳無いと言いたげに伸ばした手を添えた。

呑まれてしまう。絶対的である存在が今目の前で己に触れているのだ。たかがそれだけの事で頬は色濃く染まる。―――白い空間に桃色の花が咲いたような気がした。ゆうるりと口許が緩み、恍惚とした表情で男を見やるその顔はただの雄でしか無い。

「デイユ、私は貴方様の御心のままに従いましょう」
「ふむ、なら今までと変わらず過ごせ」
「御意」

『―――…お前が、女神か。綺麗な瞳をしている、……羨ましい』

耳に残るような声を追い出して、目の前の神様に追い縋る。女神は神の直ぐ傍に。月には、近付けない。







「あらあらあらあら!」

辿り着いた職員室。案内してくれた八尋にお礼を言った康貴は笑顔を固めて目の前のオネエを見上げた。―――先程まで自身の赤い瞳を見て「ルビーみてえ!」と騒ぐ八尋に口角がゆるゆるだったのに。このオネエが全てを台無しにしたではないか。

胸元を大っぴらにさらけ出したままオネエは笑顔で八尋の首に腕を回す。その妙に慣れた手つきが気持ち悪いと美樹は眼鏡越しに見えるオネエと八尋を見つめた。

「今年もSクラスなのね!おめでと!八尋ちゃん!!」
「王道ならホスト教師なのに何でオネエなんだよ!!俺はお前をホスト教師だなんて認めませんからあああ!!出直せやバカヤロウ!!」

話が噛み合って無い事に二人は気付いているのだろうか。片や中等部の頃にも受け持った生徒に会えた事に喜悦を表し、片や自身の欲のレールから綺麗に逸れた教師に逆ギレしている。話はまだ終わらないのかと溜め息を吐いた美樹は隣で初めての経験をしている康貴の肩を叩いた。

「……大丈夫か」
「オネエ初めて見た。二丁目じゃ無くても居るんだ。……飼う?」
「飼わない」

即答。バサリと切られた言葉に肩を竦ませた康貴は、目の前の教師があの叢雲那由多なのだろうと考えて行動を起こした。クネクネと身体を捻りながら八尋に絡むその様子が気に入らないのだ。玩具を取られた気分である。

小さな背丈。素直な口調。隠し立てしない佇まい。全てが己の幼なじみに相応しいと思ったのだ。数々の犬や猫よりも断然希少価値が高い黛八尋と言う存在が、隣に並ぶに相応しい。―――左腕を回して額を覆うように掴んで引き寄せる。既に康貴の中で八尋は美樹のモノにしようと決められたのだ。

「ムラムラ先生、案内してちょーだいな!」

ズレた眼鏡から人工的な黒で覆われた瞳を覗かせ、叢雲那由多を見つめた。変なあだ名を付けたのは、ささやかな悪意あってこそである。謝るつもりは毛頭無い。寧ろ呼ばれろ。

胸中で舌を出して笑ってやった。



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