箱庭本編 | ナノ




 我が儘なのは仕様です


元ペットを視界に入れてから急降下した機嫌と重くなった空気をどうにかしようと、肩から提げていたカバンから数冊の小説を取り出した八尋は、美樹の手にそれを乗せた。「オススメだから見ちゃって!そんで感想文書いて!」と騒ぐ姿に少しだけ気分を浮上させては、窓ガラスに張り付いたまま動かない康貴の首根っこを引っ張る。

「感想文は明日提出しよう。善は急げだ」
「急いだって教師居なきゃ意味無いぜ、ヨシ!」
「康貴っ!首締まるからやめてーーー!!」

組まれた肩に通る腕が八尋の首までも絞めた。憎々しげに唸る八尋に何を思ったのか、美樹が八尋の頭を撫でながら眼鏡を外す。悲鳴を上げたのは八尋の肩に腕を回していた康貴だ。

息を飲む音と一緒に下から覗き込んできた黒曜石に目を瞬かせる。反射してその奥に存在する双眸を映させなかったのに、今はそれが直ぐ目の前に在ったのだ。康貴と同じように、八尋も悲鳴混じりの声を飲み込んで目の前の顔を凝視する。

「ヤス、離せ」
「―――っ、……うん」
「え、眼鏡を外すと男前がコンニチハってどゆ事?王道なの?王道なんですか?何で眼鏡?変装?」
「いや、コンタクトが面倒なだけだ」

無感動なその瞳に映される。然し少しだけ八尋は瞼に触れるように手を伸ばした。次いで触れる事を許したように伏せられたそれに指を這わせる。吸い付くように指に触れた瞼がピクリと揺れた。

「真っ黒な目だなー…」
「よく言われる」
「綺麗だな」
「それも、よく言われる」
「美樹に、似合ってる」
「――――、」

黒曜石が真ん丸く見開かれる。今まで何の色を現さなかった双眸が驚愕に染められた瞬間だ。―――美樹のその様子に気付いていないのか、八尋は笑顔でそう言った。

片手に薄い本を持ったまま。

「初めて言われた。…似合う、か」
「日本人に相応しい色って奴だな!こんな綺麗な目を隠すとか……地味変装攻めハァハァハァ、……じゅるり」
「八尋、今ので全部台無しだよーん!」
「む!マジか!」

地味顔が頬を膨らませて可愛いと思うのは康貴だけだろう。庇護欲を擽られたのか、ガバッと八尋に飛びついたのは笹塚康貴である。そんな二人に呆れたように息を吐いた美樹本人は、既に黒縁である眼鏡を掛けていた。思わず八尋が「勿体無い」と呟く。

その言葉に空気が揺れた。発信源は少しだけ青みを混ぜた黒髪を揺らす康貴である。クスクスと笑いながら乗せていた腕を避けて、クシャリと髪に指を通した。通された本人は不思議そうに首を傾げたままだ。

「ね、ヒロやん」
「待って、今のあだ名!?ヒロやん?………俺!?」
「八尋だからヒロやんなのよん!」
「訳分からん!ヘルプ、美樹!!」
「…ヒロやん。似合うぞ?」
「やめてえええええ!!」

いつの間にか挟まれて歩いていた事に気付くが、時既に遅し。両隣、然も頭上から止まないヒロやんコールに八尋のハートはズタボロブロークンである。やめてやめてと耳を塞ぐが、鈴のように耳に転がり込んでくる声は止まない。何だか泣きたくなった。

そんな八尋の胸中をまるっと無視した康貴は、頭を下げたまま首を横に振る八尋を見下ろして美樹に視線を移す。

(八尋ならいいかなあ)
(お前に任せる)

何とも投げ遣りな返答だ。然しそれこそが越前美樹だと言わんばかりに康貴は笑う。ケラケラと笑ったまま、康貴はひっそりと黒く塗りたくられた爪を見つめてから右目にそれを突っ込んだ。

黒に潜む赤色に、目の前の友人が同じように「似合ってる」と言ってくれますように。ひとまず、それだけを願うのだ。




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