一方通行だとしたら
想いは一方通行だった。握り締めた白くて大きな手は力を込められる事が無く、此方から手を離せばもう用は無いと言わんばかりに振り払われる。そう、いつもそうだったのだ。
好意を受け取らない人だった。僅かながらに見えた闇色の瞳は感情を伝える役目を果たさずに硝子玉のように此方を映すだけ。―――…反射して見えた顔は、拙く涙を流してはぐしゃぐしゃに歪みきっていた。
『もう、要らない』
貴方の口癖は、どうしてこうも不安を掻き立てるのだろうか。
◆
「竣サーン?どうかしましたァ?」
「……何でもねーよ」
舌打ちが零れて、隣に立っていた男が見透かしたように笑う。手持ち無沙汰な姿を咎めようともせずに歩く様子は二年前と変わらず、白磁の首筋に映えたように回った黄色の所有の証に自重気味に息を吐き出した。
燃えるような紅色の髪に少しだけ混ざった黒を撫で付けながら、竣と呼ばれた男は歩みを速める。溢れかえる歓声、歓声、歓声、そして―――
「あ、親衛隊隊長×平凡」
耳に届いた、落ち着いた声。思わず振り返る。然し、溢れんばかりの生徒達で誰が声を発したのかさえ分からない。舌打ちが零れる。癖となってしまったそれに、沸々と胸中の蟠(わだかま)りが肥大したような気がした。
左手に視線を移して眺めれば、髪の赤よりも薄いリングが親指をぐるりと一周している。変わらずそこに存在する事が嬉しいのだろうか。隣で歩く男を余所に、『意志』が込められたそれを撫でた。
「それ、総長からのでしたっけェ?」
「お前の首輪と一緒だな」
「ペットばんざーい!」
「っ、煩ェよ!!」
「いったァい!!」
握り締められたままの拳が隣の男に落とされる。「竣サンのバカァ…」なんて涙ぐみながらファイルを握り締めるその姿を、平凡系腐男子を名乗る八尋が見た暁には手入れの行き届いた真っ白な廊下が赤く染まるのは間違い無い。
―――…生徒会からの推薦を蹴った竣とそれを受け入れた男。数年前までは街中を駆け回ってブイブイ言わせていたものの、その面影は鳴りをひそめている。
綺麗な紅だと笑ったのは隣に佇む人。唯一同じ場所に立つ事を許された、自身が敬愛してやまない人の幼なじみ。一方的に告げられた別れから二年。今は何処に居るのだろうか。
ズボンのポケットに入っていた煙草の箱を握り締めて息を吐く。また無意識に壊してしまうのは致し方ないのだろうが、彼がその様子を見て落胆したら?今度こそ見離されたら?
せり上がる恐怖とそれに伴って発症した頭痛に眉を寄せる。―――会いたい。ただそれだけが胸中を支配している事をあの二人はきっと知らないのだろう。竣の想いも、隣に居る男の執着も気付きはしない。
『オニ、意志を貫くと決めたんだろう?』
『だったら、ちゃーんと頑張らなきゃね?俺達からのプレゼント!フォーユー、オニ!』
意志は受け継がれた。いつまでも神秘めいた金と銀を探す癖は治らない。双眸に映された事の無い犬の気持ち。捨てられないようにと情けなく足掻いたペットの誇り。
『コトリにも、これをやろう』
撫でる手は優しくて、震えている。記憶の底で名前を呼んでくれた人は、もう自身を必要としてくれない。優しい世界が崩壊する音を奏でたのは、犬歯を覗かせ笑う人。
(……会いてえ)
想いは気付かされる前には一方通行だと告げられていた。嘆く必要も責められる謂われも彼等には無い筈なのに。責めてしまう人間の無責任さの何と美しい事。