箱庭本編 | ナノ




 不安なりに好都合さ


でかでかと貼られた掲示板を眺めて思わず首を傾げる。

「ヨシったら俺と同じクラスじゃーん!しかも八尋も!」
「え、マジで?二人共Sクラスかよ…。頭いいんだなあ、うらやまし!」
「それはお前もだろう。―――…それにしても、Sクラスは少ないな」

ポツリと美樹が呟いて康貴が勢いよく頷きながら八尋の言葉に耳を傾けた。周りには育ちの良さそうなお坊ちゃん達がわらわらと群れを作っている。鋭く刺さる視線は会話に夢中になっている三人に注がれていた。

ネコミミフードを被って視線から逃れた康貴は自分達が外部入学である事を思い出しては、ポケットから学校案内書を取り出す。某猫型ロボットを彷彿させるような効果音をその唇から紡ぎながら取り出した案内書を美樹に見えるように広げて八尋を見た。

「『外部生はクラス分けを見た後に明記された担任の所へ向かう事』…だってさ!」
「担任?…誰だ?」
「我がSクラスは叢雲那由多先生だぞ。あれに書いてるだろ!」

いつの間にか漫画片手に話していた八尋が指差す方向には堂々と書かれた名前が一つ。叢雲と言う名字に違和感を覚えた。然しそんな素振りを見せずに美樹は、康貴の腕を引いて歩き出す。

向かうは神王院学園高等部の職員室だ。掲示板に群がっては黄色とはまた違った黄土色の声から逃げるように足を速める。腕を掴まれた康貴は、八尋と離れてしまう前にその腕を掴んだ。

案内書を見たって道が分かりもしない。なら友人を道連れにしてやろうではないか。既に頭の中は案内をさせる教師の存在でいっぱいだ。教師の名前はもう忘れた。

「男だらけだな」
「ん?…あー、ヨシは知らないもんな。このガッコ、特殊なんだよ」
「え、笹塚知ってんの?」
「ふは、俺に分かんない事は無いのよ?褒め称えなさーい!」
「煩い。…黛、俺とヤスの事は名前でいいから」
「マジ?じゃあ、美樹と康貴も名前でバッチコーイ!」

八尋の言葉に頷いて、浮き世離れしている校舎に足を踏み込んだ。―――然し直ぐに引き返す。黒いブレザーを勢いよく翻して背を向けた。どうした。何があったんだ。

「……ヤス」
「んん?どったのヨシ?」
「俺は幻覚を見たのか?見知ったペットがオスに求愛されてるんだ」
「ペットって……っ!?」

振り返り驚愕。何てこった。ゆらりと揺れる髪は燃えるような紅。隣に並ぶのは茶色。───気分が高潮していくのを理解した康貴は未だに背を向けたままの目の前の幼なじみの胸を叩いて笑った。

八尋は放置状態である。だが然し、目の前で並んで歩く二人組は見知ったそれである。気怠げに背中を丸めて歩く紅は百目鬼竣。その隣で書類を保管してあるファイルを持ち歩いているのは小鳥遊祭だった。

きゃあきゃあと騒ぐのは取り巻きである可愛らしい生徒達。イマイチ現状が掴めませんと反射した眼鏡を押さえたまま康貴達を見下ろした美樹が溜め息を吐く。同時に芽吹き始めていた桜が宙を舞った。

「……ヤス、帰りたい」
「だーめ!」
「だったら、早く教師を探そう。俺は自室に籠もりたいんだ」

雰囲気だけが半泣きである美樹を危惧してか、康貴がブレザーのポケットから取り出したあるものを見せる。キランと美樹の眼鏡が反射しては素早い動きで手のものを奪われた。―――その動きに刮目した八尋だが、康貴が美樹の頭をひと撫でした事により見開いていた目は益々大きくなってしまったのである。

「二人共マジで付き合ってねえのかよ!可愛いだろーが!!今すぐランデブーして来いよ!お金なら払っちゃうよ!?」
「どうしたんだ、こいつは」
「フダンシの特性じゃね?」

未だに男子生徒の凄まじい歓声に囲まれた男二人に背を向けたまま美樹が首を傾げる。校舎に入る玄関で騒ぐオタクを誰か止められないだろうか。無駄に従兄弟から植え付けられた知識をフル活用しようと美樹は頭を悩ませ、呟いた。

「あ、親衛隊隊長×平凡」
「何ですと!?!?」

シュバッ!勢いよく外に視線を向けた八尋に人知れず溜め息を吐けば、「あ、居なくなっちゃったー…」小さく康貴が言葉を漏らした。

フラッシュを焚きながらあちらこちらの写真を撮る友人になって未だに数十分の八尋の二の腕を掴んで、美樹は今度こそはと校舎へ足を踏み入れた。

「めんどーな奴等ばっかー…」

引き摺られる八尋を横目に康貴は呟くが、音を立てて握り締めた案内書がタイミング良くもその言葉をかき消したのであった。



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