ワルツハーゲン、霧の森
目の前に堂々と鎮座する建物に口を開いてしまう。どうやら隣に立っている康貴も同じ気持ちなのだろう。興奮気味に美樹の背中を叩きながら数々の建物を指差していた。
「すっげー!凄いな、ヨシ!!」
「海外に来たみたいだな」
目を輝かせている康貴と死んだような目で宙を見ているのかよく分からない美樹の二人が肩を並べて見上げた先に存在するそれに、興奮を隠せないのは康貴だけのようだ。然し、まあ、あれである。―――お揃いの眼鏡を掛けている二人は変に目立つのだ。
「えーっと…?クラス表とか無いのかね」
「…掲示板が見当たらないな」
「むっはーん!俺達の行く手を阻むとは笑止!美樹くん美樹くん!康貴くんは肩車を要望しまっす!」
「黙りなさい」
「むっふーん」
ぺちりと頬を叩かれた康貴は頬を膨らませて美樹の腕にしがみつく。「ヨシの愛が痛い!」それ程身長差が無いにも関わらず、康貴は上目遣いをした。
「む、無邪気受け……!!!」
再び美樹の手が空を切ろうとした瞬間に耳を通った声に首を傾げる。誰の声だろう。聞こえたか?そう意味を込めて首を傾げれば目の前の人物はカラコンを入れた事によって黒くなった瞳を瞬かせてからニヤリと笑う。
「これじゃね?」
「ちょっ、苦しいからやめて!寧ろ俺じゃなくてそこの無表情わんこ攻めにやっちゃって、よ!」
「……締まってるから」
「ありゃ、ごめんごめーん!大丈夫?」
ケラケラ笑ってからのごめんなさい。寧ろ謝っているのか分からないその態度に目の前の平凡をまるまるっと体現した男は笑う。許すのか。それでいいのか。思わず美樹は男の肩を叩いた。
「おい」
「うん?…どうかした?」
「腐男子……?」
男の鼻先に指を添えて首を傾げる。反射した眼鏡の奥からギリギリ見えた双眸が男を捉えた。然し、それを気にも留めない男は美樹の手を握り締めて叫びだした。
「もしかしてお仲間ですか!?腐男子さんですか!?仲良くしてくれますか!?」
「ヨシは俺のです!因みにフダンシさんではありません!仲良くはします!」
「仲良くは、する」
叫ぶ男二人にコクンと頷いた美樹は突きつけていた指を離して呟いた。「従兄弟が腐男子なんだ、確か」脳裏に浮かんだのは同級生の女の子の尻を追い掛けながらも萌え探しをしている従兄弟の姿である。
男は嬉しそうに笑った後、何かに気付いたように辺りを見渡して苦笑を零した。どうかしたのかと思いながら二人も周りを見渡すが何も無い。見えたのは、白い掲示板だった。
「あそこにクラス表があるんだよ。あ、俺は黛八尋っつーんだけど!」
「俺笹塚康貴!こっちは幼なじみの越前美樹くんでっす!」
「…宜しく」
恭しく頭を下げてみた美樹を笑いながら制した康貴が平凡代表と宣う八尋に真正面から飛びついた。一瞬。本当に一瞬だけ漏れた殺気は美樹からなのだろうと八尋は思う。
(何て美味しい嫉妬的展開!よしやすですか!?萌えますな!)
現在脳内ピンクモード。処理班直ちに雑念を払え。駆け巡った脳の命令に八尋は美樹を見上げた。お揃いの眼鏡に片や無口、片や無邪気。幼なじみでフラグ、キタコレ!!―――残念。雑念は払えませんでした。
「掲示板あれだったんだ…」
「ヤス、…黛も行こう」
「よしやす萌えます!ハァハァ、受け溺愛無口攻め×無邪気受けハァハァ、ぼぼぼぼ僕のデジカメのフラッシュ止まらないあばばばばば!!」
カシャカシャと何処からともなく取り出したデジカメで撮影されながらも気にした様子も無く美樹と康貴は歩き出す。友達認定を終えた康貴にとって八尋はもう友達なのだ。即ち、美樹の愛玩対象である。
小柄な容姿で二人の姿を収める八尋は終始笑顔だ。―――写真を撮り終えて美樹の隣に立てば、小さな頭を少し強めに撫でられる。不可思議な関係が完成した瞬間だろう。