箱庭本編 | ナノ




 氷点下の飼育部屋


呆然としていた彼等の視界には走り去る二つの背中と確かに握り合う手。立ち上がり、追おうとしても何故か力が入らない。パーカー下から覗いた口は嬉しそうに笑っていた。それは確かに一方的な別れ。

ピアス穴から流れる血をそのままに目を瞬かせた男と酒を勧めていた男が視線を合わせる。僅か二秒。店を飛び出して辺りを見渡せば二人は居ない。

「……っはああああ!?」
「うるさいでしょォ!耳痛いんだよバカ!!」

事の意味を理解して叫ぶ赤髪の男の頭を手慣れたスナップで叩く薄茶色の髪の男。チリンと右手首の鈴が鳴る。薄暗いバーの椅子に腰掛けながらも戦慄く手を強く握り締めた。

気分は既に飼い犬から一気に捨て犬である。握り締めていたグラスが悲鳴を上げてはいるが如何せん、別の事にパニックに陥った周りが気付く訳が無い。茫然自失。ピッタリの言葉だ。

「嘘だろ。あの二人何やっちゃってんだ寧ろ副長何考えてんだ」
「引退するとかマジなんですかねェ?副長の遊びじゃないの?」
「いや、寧ろ総長がマジだったの見ただろ。笑ってたし。…………笑ってたし」

グシャッと握られたグラスはついにその命を終える。バーは既に「総長と副長が愛の逃避行だーーー!!」と大半の酔っ払いで埋められていた。愛の逃避行だったらまだ許せる。寧ろあの二人なら全然許せるぐらいだ。

だが然し、幻想でも妄想でも夢遊病でも無い。確かに目の前で笑っていた二人は引退を宣言した。まるで体育祭の宣誓の言葉を告げるように叫んだ男の声は脳裏でぐるぐると回転している。

「……どうすんだよ」
「いや、聞かれても困るんですけどォ…」
「二人共!まだまだ酒が浴びる程残ってますよ!」
「―――つか、背中何か付いてますよ兄貴!」
「あァ!?……紙?」

差し出された紙を受け取る。そこには見慣れた自分達の所属するチームのトップの名前が端に書かれていた。思わず泣き出しそうになりながらも目を通す。読み出したのは、隣に居た男だった。

「えーっとォ…『捜さないで下さい。捜したらどうなるか分かるでしょう。月より』?」
「―――総勢準備ィ!!総長達が逃げやがった!家出だ!確実に家出じゃねーかこれは!!」
「お母さんうるさいでーす」
「母さんじゃねえ!ママだ!!」

溺愛故にオカンモードに入った赤髪の男は長い髪を後頭部で結い上げて声を張り上げる。男の形相に僅かな悲鳴を漏らしながらも、しょうがないと言いたげにグラスを煽ってもう一人は頭を掻いた。

取り出したスマホで一斉送信。サブタイトルは『我が家の大黒柱二名が家出(引退)』赤髪の男がグラスを握り割った写真添付でいいだろう。

「そーしんっ!」

今此処に居ないメンバーがこれを見たらどんな反応を示すのか既に想像はつく。震える自身の身体に落ち着けと言い聞かせて、男は息を吐いた。





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