箱庭本編 | ナノ




 膿んだ指先さえも愛してくれないか


小さく零した俺の言葉を拾ったのは康貴だけだろう。近くにあった酒を煽ってはパーカーの下にある口許を拭って手を上げた。

「───注目!!」

張りのあるバリトンで叫んだ康貴が隣で立ち上がる。統率力が申し分無いぐらいなのに副総長である彼らしいなと思いながらも俺も立ち上がった。少数精鋭のこの難癖だらけのチームから今日でおさらばだと思うと清々しい。

何だ何だと酒を飲んでいた手を止めて俺達を眺める連中を見渡す。よくもまあ、一年もこんな荒んだ場所に居たのだろう。幼なじみの為だろうと言われたらそれで終わりだが。

「現アストル総長ルーナと現アストル副総長の俺、ソーレは本日付けで引退をする事になりました!はい拍手!!」

拍手をする所なのかと言う疑問に首を傾げながらも、康貴の言葉の意味を理解する前にあまりの剣幕に血の気を引いた表情を浮かべた連中が拍手をする。───周りのその反応に満足したのか、手を振りながら康貴は満面の笑みを浮かべては特徴的な八重歯を表に出した。

「よし、帰ろっか!」
「…ん」

腕を引かれて歩き出す。一方的な引退宣言。僅か一年だけの総長と副総長なんて前代未聞かもしれない。赤色と茶色。俺と康貴が二人に勝たなかったらそのままだっただろうに。引っ掻き回してごめんなさいと言う意味を込めて、俺は久し振りに連中達に向かって言葉を紡いだ。

「……さよなら」

また会う日まで。何て都合の良い言葉は要らない。会う気は無いんだ。どうしてかと理由を聞かれたなら『康貴が飽きたから』と答えるだろう。それに俺達はこれから大切な人生の岐路に立たなければいけないのだ。

視界を隠す金髪を避けて顔を出す。少し前を歩く康貴がケラケラと笑いながら歩幅を広げて走り出した。背中に投げつけられたコードネームともさよならだと思うと僅かに笑みが浮かんでしょうがない。───これは逃げか?いいや、逃げなんかじゃない。脳裏で俺が笑った。







生きる意味を見出す事が無かった。幼なじみと居てもただ流れに任せる日々を送っていたような気がする。───果ても無い。目的も無い。そんな生きる日々が無感動に過ぎるのが怖くて、ひっそりと隠れるように毎日を過ごした。

感情の無い人形だと罵られ、誰の目にも留まらない存在だと嗤われて。引かれる手を素直に握り締めたのはいつ振りだろう。情けないのか。悔しいのか。ただ胸を騒ぎ立てる感情が大嫌いだった。

独りきりは寂しいと嘆いてくれる人が居たから存在を許したんだ。疎まれようと蔑まれようと隣に立っていられる。だから隣で荒んでいく姿を見ていても何も思わなかった。名前を呼ばれて、手を引かれる。

まるでお前も一緒だと言っているようだ。思い込みでも良かった。手離した犬よりも猫よりも、俺の唯一。───ネオンが瞬く。黒で覆われた俺の世界は、また始まりに戻った。

「これ、捨てよう」
「あー…もう要らないもんな」

僅か一年足らずの世界とさよならをする為に、金と銀のウィッグを投げ捨てる。もう要らない。そう、何もかも。要らない。



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