01


こんな世界なんて嫌いだ。
不快だと思ってしまった。
絶望でしかない未来を変えるなんて、
ひとりの力では無理なことだ。

立体機動という装置を着けた兵士は今日も勇敢に見えるであろう背中に人類の希望を乗せて壁へと赴くのだ。

あるものは壁内へ、

あるものは壁外へ。

あるものは王に遣え。

皆が同じ志だったらいいのに。

-世界は残酷だ。-神様は敵だ。

かくいうわたしに背負われたのは王族直属の特別憲兵団、といってもわたし一人だ。でも兼ね備えてる力はそこらの並兵士とは比べものにはならない。自画自賛になるのかもしれないが、わたしは強かった。そりゃあ生きた年数だって違う。年数というより回数が。わたしは何度も生きる存在。英雄と言われる存在。
今回はどうだろうか。出来るだけ内密に任務を遂行するだけだ。調査兵団に混ざって巨人を討伐したり補佐したり。駐屯兵団と安全確認したり。前線で戦ったこともある。
ジャケットのエンブレムは特製だった。光に手を伸ばす。わたしが皆の希望でありますようにと願いをこめて。

-敵は、巨人だ。

植え付けられた記憶のように、わたしは今日も。



希望を。


「ここからはお前の判断でいい。人を助けたいと思うなら助けろ。巨人を倒したいなら倒せ。どうか、囚われずに自由に跳んでくれることを、願う」

「…!」

大人だって恐怖には打ち勝てない。何より命が大事なんだ。涙を流しながら倒れている男にリルラは駆け寄る。助けなくちゃ。治癒しようと手を翳すが出来なかった。男はリルラにひとつの願いを託し、息絶えた。なんと脆いことか。彼はリルラを唯一気遣ってくれた憲兵団の男だった。真面目な男でみたことのない巨人に恐怖し怯えながらも立ち向かった兵士だ。稀にいないであろう。リルラはこの男、ロビンの言葉を背負って生きていくことを決意しようとした、が。

「…自由なんて今のわたしには無いんだよ」

ひとり返事をしてもロビンはもう返せなかった。

*

ウォール・シーナの城下町にリルラは居た。一通りの任務を終えたリルラは街を出歩いていた。周りにいるのはマリアやローゼの人とは違う平和しか見ていない貴族や富裕層の人間達だった。何の苦労も知らないくせに、有り余る財を使い込んでいる。外から入る情報など少なく全ては王政から流れ込んでくるものだった。信じるも信じないも半々と言ったところだ。

「無知な豚ほどかわいそうなものはないね」

一人言にしては大きかったその言葉はリルラの回りには十分聞こえていた。反応してくるのもいるわけで。

「それは俺らのことかぁ?お嬢さん」

「そうですよ。それ以外に誰がいるんです」

この世界は残酷だ。なのにこいつらは残酷を知らない。

「あなたたちなんて金がなければ価値が無いのも同然です。あなたたちには金があって自由だってある。だけどマリアやローゼにいる人たちは自由に生きれずに毎日を恐怖とともに暮らしているんだ。…同じ人間なのにこの差は何だ。どうやったら埋められる。…答えは"入れ替えれば"いい。そうだろ?」

リルラは装備もしていないのにどこからか剣を出した。足元の紋様には誰も気づけなかった。ざわつく民衆。問題が起こっているのは明らかだった。キン、と伸ばした切っ先は男の首筋に添えられる。今回に関してはリルラが悪者。自分でもわかっている。けれど変えようとも思えなかった。睨み付ける眼光に恐れを抱いた中年の男は冷や汗が止まらなかった。

わかってる。ここで問題を起こすのは駄目なこと自体。だけど黙っていられなかったのも事実だった。

「いつか思い知ることになる」



-目覚めろ。

まだここは鳥籠の中だ。いい加減夢から覚めるべきだと思う。同じ人間なら同じように立ち向かうべきだと思う。弱いなら力をつけて市民を守るべき。だから訓練兵になってやがては3個の兵団からひとつに選ばれるんだろう?

今になってこんな過去話をしようではないか。わたしがこの世界に来た最初の物語を。

*


――救ってくれないか




気付いたらどこかの住宅街に寝そべっていた。悲鳴が聞こえる町。今度はどんな世界だろうと朧気な意識で力もあまり入らないまま目線を変えれば、人とは比にならないくらいの足だった。辺りは血だらけで、匂いは強烈。そこから上にずらせば裸の巨人だった。口元には人が挟まれていた。もう意識はないのか抵抗もしていなかった。まさに捕食そのもの。わたしは起きてすぐにこんな光景をみたものだから、吐き気を催した。思考が追い付かない。

「……うっ、…」


「――っ!そこのきみ、起きなさい!走って逃げるんだ」

「………え」

耳元でガンガン鳴る警告音。緑のマントを羽織って重そうな器具をつけた男の人がわたしに声をかけてくれた。この人は、強いのかな。わたしに構うくらいなら自分の命を構った方がいいと思った。目覚めたばかりで全く追い付けてないから。

「私はここらの巨人を倒していく。きみはその隙に走るんだ、いいな?」

行け!と腕を引っ張られ立つことができ背中を押されふらふらになりながらも走ることができた。え、あとか声を漏らすわたしになんか気にもせずただ逃げることだけを強要した。地につく足は覚束なくまともに走れないかと思うくらいに弱っていた筋肉。まずい。走れないのなら、この人は無駄死にしてしまう。わたしなんかのために。
もしかして、わたしには力が無いのだろうか。今まで生きた証たちは、きえてしまったのだろうか。だって今、何も出来ていないじゃない。

後ろで戦ってるであろう男の人も助けることができないの。逃げるだなんて、誰かを犠牲にしてまでわたしはわたしを大事だとは思わない。なら、


「―――は、」


戦え。戦え。戦え。
胸の奥から沸き上がる感情。ドンドンと高まる鼓動に逃げるという選択肢など存在しなかった。やればできる。やらなきゃできない。後悔はしたくないんだ。

足に力を込めた。風が巻き起こったようだ。煙とともに巻き上がる。次に手に力を入れた。まるで剣を握ってるかのような感覚はやがては本物になっていた。形を成していく魔方陣と剱。こんなのは初めてだ。大丈夫、やれる。あの男の人みたいな装置はないけれど、飛べるような気がした。高く、切りつけてやる。

どこを狙えば確実に殺せる。急所がわからなければ絶命させられない。人間と同じ心臓だろうか。早く行かないとあの人は喰われてしまう。

考える前に、飛べ。

そこからは直感だった。ありったけの力をこめて後ろに回り込み頭部から腎部にかけて縦一直線に切りつけた。するとわたしの存在に気付いたのか彼が息も切れ切れに弱点を教えてくれたのだ。

「…首の、後ろだあああ!」

「、はああああ!」

足の裏にはバネがついているかのように、背中には羽があるかのように自由にわたしは飛ぶことができたから。もう一度狙う。首の後ろ、うなじ。剣を握り直してザシュっと肉を切り落とす。巨人は倒れていった。まずは1体。でもまだ2体はいたから油断は出来ない。

何て軽いんだろう。重力を感じさせないくらいに高く飛べたわたしには2体を切ることなど簡単だった。男の人も無事だった。

覚醒の初段階としては、いい出来だった。まずは目の前の命を助けられたから。彼だって助けようとした少女に助けられたなんて思ってもみなかったろう。とりあえずは今日は勝てたのだ。それでいい。初めてだったのだ。生き抜こうとするのにこんな必死になるのは。わたしは、これからもこの世界で生きていけるだろうか。



*


「おい、目覚ませ」

ドスの聞いた低い声で浮上していく意識。あれ、寝てた…?背中には固い感触だが、少し動けばシーツの擦れる音がした。そっか寝てたんだわたし。まだ睡眠が足りない気がする。そうだもう一回寝よう。そうしよう



「クソ女起きろ」


顔面に何かが乗っかった。乗っかっるだけならまだしもこれは踏まれているといった方が正しいのか?なんかすごく痛い。

「…痛いっ」

やっと体を起こして踏んだ足の持ち主を見た。目付きの悪い男。僅かな殺気が洩れているのがわかった。わたしを殺す気か。

「…っ!」


そこからは危険な物に対してのわたしの本能が働いてしまった。この前と同じように右手に力を込めた。上半身だけを起こしてわたしに声を掛けた人物に先を向ける。形を成していくそれは未だ完全ではなく、朧気だった。眩しい光とともに形成されていく。逆手に持ち距離を詰めようとしたら頭を鷲掴みにされた。

「てめぇは助けてもらった奴に刃向けんのか。あ?」

「…ぁ…っ、ぐ……」

強くなっていく圧迫する力。これは頭蓋骨にひびが入りそうだ。はは笑えない。握力どんだけあるんだ。手首も掴まれているようで剣も進もうに進めない。これは死んでしまいそうだ。なあ。そこからは無我夢中になったかのように意識を集中させた。

離せ。離せ。離せ!離せ!離せ!

「―――離せ!」

バチ !

静電気のような音が聞こえた。そのあとはどうなったかなんて。わたしが聞きたい。わたしの武器のひとつ、刀の鬼姫が、刀が、人になったのだ。意志を持って動いたのは剣ではなく人間。

「…何だ、?」

「…え?」

それは一言だけ言ってわたしからそいつを遠ざけただけで消えた。黒い服を着た不思議な雰囲気な女性だった。だが今はどうでもいい。現状打破出来たかと安心している場合ではなかった。現状を悪化させたのだ。男の表情は最悪だった。不信感を募らせわたしを見る目は化け物を見るかのようで。せっかく生き始めた昨日と今日が無駄になった気がした。守るなんて綺麗事はいらないんだと突き付けられる。ナイフのようなものを持った男はわたしに跨がり残酷を告げたのだ。

「…」
「…」


「決めた。てめぇのこれからの処遇なんて関係ねぇ。俺が今この場で殺してやる」








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