貼り付けた笑顔を保ちながら何とかその場を過ごした。黄瀬と話すのは面倒くさい。

あっそ、大した相槌も出来ないのか。黄瀬は席に戻る際も名前を視界に捉えたまま。ほら今だって名前に睨みを効かせてる。そんな子供じみたことしないで。目指してるものが眩むのは嫌だから、"みんな"の望む黄瀬涼太でいて。


たかがドラマに出て、雑誌に載って。そんなちっぽけなこと。少なくともそう思ってた。だから知らなかった。自らを応援してくれるファンという存在がいることに。変装もなしに一人買い物をしようと都市部に出向いたら周りに人だかりができていて。男女どちらも譲らず、といったところか。遠慮もなしにずかずかと名前の領域に土足で踏み込んでいく。



「あの、名前さん…ですよね!大好きです!いつも応援してます。あの良ければ、サインを下さい…」



用意周到に紙とペンを持っている女性は翌日有名人からサインを貰ったのだろうと自慢するだろう。そんな安いもんじゃない。だけどお高くつくわけにもいかない。だって、どうせ、元は彼らと同じだから。凡人から少し秀でただけ。マニキュアをしていない手で受け取り、さらさらと書いていく。淡々と書き綴るだけの行為に何とも言えなくなったのは事実。優越感に浸るってこんな感じなのかなって不覚にも思ってしまった。これじゃあのナルシストと変わらない。黄瀬は全てを見下してるみたいだから、彼に認めてほしくても認めたくないと思ってしまう。そんな紙一重の薄っぺらい感情が雪崩落ちていく。



「…ありがとう。わたしまだ慣れてないけど、これからも応援してくれると嬉しいです」


一人一人のファンにお辞儀をするなんて何て優しい女優なの!と感涙してる彼らから聞こえた気がした。だっていい顔をしなきゃ消えてしまうから。いい子にしなさい、と事務所に言われてるから。理由なんてたくさんある。だけど純粋に嬉しかった。名前を見てくれてる人はいるということが。何かが繋がる、そんな感覚。






*




サイン、握手、写真。ファンサービスもいいところだ。自分の立場をわかってない。黄瀬はたまたま通り掛かった道で名前を見つけた。声をかけるつもりなんてこれっぽっちもない。しばらく監視するかのように見ていたら、周りには人だらけ。黄瀬じゃなくて名前に。変装してないからそんな集まるんだよ、思い知れ。ファンのうざったさを知っている彼は毒をつく。入念に変装してる自分を見て何だか馬鹿らしくなった。しかも名前はその人だかり一人ずつの要望に答えてく。



「いい人ぶってんじゃねーよ」



思わず、口に出たのは存外低く。多分嫉妬の声だろうと自身は気づいてない。いらいら。収まらない感情にまた油が注がれるように見知った人物が名前に話し掛けていた。



「青峰っちに、桃井っち…?」



疑いたくなる光景。何で己に気づかない?何故そちらに行く?



自然と足を動かせば、当然視界に入るわけで。二人は歓喜の表情を、一人は苦い表情を浮かべていた。ざまあみやがれ








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