ねえ、君はこういうの興味ない?所謂スカウトとやらを街中を歩いてるときにされた。一人で買い物も悪くないなと思ってた矢先、スカウトだなんて。もっと他にいい素材いるじゃない。ほらあそこで駄弁ってるギャルとか、コーヒーを優雅に飲んで休憩してるOLとか。素直にイエスかノーを言えばいいものを、名前は尋ねた。




「何でわたしなんですか?」


男は少し彼女から出される気迫に圧されそうになりながらも試されてる、と気付きこう言った。



「普段と違う人間に、なりたくない?」


名前じゃない別の、人間。男はそう表現した。悪くない。むしろ惹かれた。差し出された名刺を公衆の面前で受け取り、名前は芸能界へと足を踏み入れたのだ。



ちょっと違う自分になりたくて。そのまま誰かに認められたくて。才能が無くたって努力をすれば報われる時が来るんだって。


いつまで待ってた?演技だってこなして、名演技だねって褒められて。いつまで待てば、近付けるの?才能有るものは天才へと変わり凡人は達人までにしか成長できない。そんな概念気に食わない。絶対追い越してやる。




「…黄瀬、涼太」


黄瀬は才能有る者。名前は所詮凡人。何をするにしたって計画的にこなしてきた。なのに黄瀬は学校でもそんな素振り見せずバスケをやって高校生活を満喫してる。



「普段と違う人間に、なりたくない?」




名前の脳裏を霞めるのはいつも同じ言葉。違う人間になりたくても、実際なれてない。学校までそれに関わるものを持ち込んでいる。狡い。名前は名前のままでしかない。あんな安い売り文句で騙されてはぐらかされた。でも入ってしまったからにはやるしかない。やりきって、清々して終わりたい。そう今はまだ階段を登りだした途中の駆け出しのシンデレラなのだ。





「ねー!昨日のドラマ見た?凄く可愛かったよ名前ちゃん!」

「いやーうちらも鼻が高いねっとかなんつって!でも誰もが思う美貌だよ」



オトモダチとやらが名前に昨夜放送したドラマについてひとりでに語っていた。こんな話願い下げだ。名前が聞きたいのは演技の指摘と黄瀬を目指す距離の長さはどれくらいかだけでいい。耳を傾けることなく、ありがとうと流しておいた。鼻が高いねだなんて誰に向かって使ってんの?そんなのあそこでちやほやされてる黄瀬に言えばいい。わたしなんてお飾り。黄瀬のライバルにもなれない。―まだあと少し。




きっと遠いから、黄瀬は名前なんて眼中に無いんだろうと思ってた。だから話し掛けてくるのも珍しかった。何の風が黄瀬に吹いたのか。黄瀬が教室に入れば一際大きくなる声にうんざりして視線を彼から逸らす。でも黄瀬は名前の席まで来て、わざわざこんなことを言ったのだ。



「おはよッス、名前ちゃん。雑誌の記事読んだッスよ、あれ歌うまいんスか?」





眼中に無いだなんて嘘。彼の目はそれは好戦的だった。認めない。お前なんか認めない。と宣告されてるようだ。性格が悪いのはお互い様なわけで。なんて皮肉めいた人間だろうか。だから表向きだけでも、と本心が入り交じった虚言を言う。






「おはよう黄瀬君、それねストレス発散になるんだ。だから好きなの。むしゃくしゃしてる時に感情的に歌ったり、途端に詞を書いてみたくなったり。何か本業とは関係ないことほど熱中しちゃうんだよなぁ…。黄瀬君は何でもできていつも羨ましいなって思ってるよ。努力してる素振りなんてないってことは何処か影で密かに頑張ってるって。わたしは要領よくないからこうやって学校にも持ってきてるんだけどね」




羨ましいだなんて、笑っちゃう。早く認めなさいよ、わたしを







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