最初の出会いだって今でも覚えている。憎しみの感情が無かった頃の白龍になまえは何と言って現れたか。定かではないなまえという存在。いつもぼんやりとしていて消えてしまいそうな彼女を白龍はどう思っていたのか。

泣いてばかりの幼い白龍、
それを遠くから見守っていた一兵士、なまえ。唯一、年のとらない少女であった。理由は詳しくは知らない。異分子な存在であることだけは白龍も何となくは知っていた。面識のない二人だったが、白龍の鍛練になまえが自分を知ってほしいとのことで近付いたのだ。警戒はしていたものの、柔和ななまえの雰囲気によって段々と慣れていった。白龍は槍を、なまえは剣を取り出し刃を交え合う。一歩踏んで駆ければ特有の金属音が鳴る。周りから見ればそれはもうお馴染みと化していた。今日も白龍様は鍛練をしていらっしゃって熱心だわ。ほんと、なまえも皇子の力に敵うのだから凄いわよ。ふふ、と笑いあっていた侍女が廊下を通り過ぎていく。

「皇子、お疲れ様です」
「ありがとう」


柔らかい布切れを差し出して汗を拭かせる。体調を悪くさせたら大変だから。



「なまえの剣筋は中々珍しいものだな。どこかで習ったのか?」
「いえ、独学でございます」
「そうか」
「ええ」
「…お前は近いうちに我が国の為にその力を奮うのだな」

「…、はい」

「なまえ。俺がある力を手に入れても、こうやって一緒にいてくれるか…?」

「白龍、皇子?」





なまえは煌帝国の軍の一兵士だ。無理にとは言わないが、白龍は何故だかなまえを傍に置きたくなったのだ。将来、力を手に入れることが出来たら目的を果たすために。なまえに復讐の刃を向けることだけはしたくないのだ。どうか、お前だけは無事でいてほしい。



眷属になれと解釈していいのだろうか。わたしは皇子の元にいて良いのかと。何と喜ばしいことか!一番大切な人の傍にいても良いのだとなまえは歓喜に浸っていた。そして、直に誓うのだ。白龍を見て膝を折り、忠誠とも言える所作を彼に示したのだ。

急な行動に目を丸くする白龍。明らかになまえの雰囲気が変わったのだ。そう、なまえは不安定。いついなくなってもおかしいのだ。勝手に決めつけてしまうのは腑に落ちないが、心中でそう思っていることに変わりはない。



「なまえ…?」

「…皇子よ、わたしは貴方のためならどこまでも着いていきます」


だから悲しそうな顔をしないで。わたしは貴方と共にあるべき存在なのだから。





■□




「皇子っ!見てください、この花!」


ある日の昼時、白い花を一つ摘んでなまえは白龍の元へと向かった。なんとなく昔の白龍に似ていた、とか。俺は花ではないぞ、と拗ねればなまえは何時だって笑って、



「これは皇子の心ですよ」


とこれまた型にはまったような台詞を簡単に吐くのだ。




「なっ…!そんなくさいことを言うな!」
「昔の皇子はこんな感じでした」
「今は違うというのか?」
「はい」
「随分と返事が早いな」
「すみません」
「別に謝らなくてもいい」


今から数年前、ある事件が起きた。煌を襲った悲劇。白龍の兄である白雄と白蓮が実母である玉艶に殺されたのだ。真実は明らかにされてはいないが、白龍は知っていた。あのときの火事は何のためだったかと。そして玉艶に問い詰めたのだ。すると玉艶はあっさりと自分がやったと素直に告げた。だがそれを知り、白龍に何が出来る?と一瞥した。確かに白龍は無力だった。泣いて逃げるしか出来ない。だから強くなろうと思った。煌を操る組織にジュダルに負けぬよう。
それから白龍は一身に憎しみに囚われたかのように鍛練を欠かさなかった。奮う槍は、何のために。
白龍皇子は変わってしまった。顔に火傷の痕が残ってしまったこともそうだが、何より復讐にかられていた。そんな皇子を元に戻してやりたいとはどうしても思えなかった。だってこれは皇子が選んだ道。たとえ間違っていてもわたしはついていくだけ。傍にいると誓った。花を見せれば初めは興味なさそうにしていたけどやっぱり皇子は皇子だ。会話だってそれなりに普通だった。さすがに皇子の心ですよ、って言ったのは不味かったかな。




「なぁ、なまえ。こんな俺をどう思う」
「…どう、とは?」
「そのままの意味だ。…変だとは思わないのか?」
「何を仰るかと思えば…、皇子、わたしの気持ちは変わっていませんよ。嘘も裏切ることも致しません」


白龍につく、まるで眷属のような、否、将来は眷属になるであろうなまえには良くない噂が流れていた。なまえ自体はそれを知らないが白龍は知っていた。知ってて何も言わないのだ。なぜなら確信があるから。どんな白龍でも、どんななまえでも二人は共に在り続けると。



「だから皇子、――あなたは一人じゃない」


そう言って笑うなまえ。女性らしい柔和な微笑みに白龍の胸の鼓動が高まる。そうか、



「それはお前もだろう?」
「え?」
「その言葉、そのまま返そう。なまえだって一人じゃない」
「皇子…!」



端から見れば恋仲なのだろう。だがそれよりも固い絆で結ばれた彼等に恋愛という関係は無かった。確固たるものが二人にはある。なまえの豆だらけの手を掬いこちら側に寄せる白龍。女性らしくはない手だが触れていて心地よかった。なまえはきちんとした女性なのだと再確認させられたようで。自然と縮まる二人の距離。もう、きみの手を離したくない。思わず力を込めた。大して背に差はない二人だが成長して時が経るとなまえが少し白龍を見上げるようになったのだ。白龍はなまえを女と、なまえは白龍を男と感じた。何かを言いたそうな顔になまえは黙る。このまま二人だけで、永遠に。どこか静かなところに行けたら。


「わたしは、……」



言ってしまいたい。大好きな皇子に。動揺する白龍。



「あなたを、お慕いしておりました…」
「…俺もだ。なまえ」
「そしてこれから先も、ずっと」


貴方だけの光でありたい。もう闇に呑み込まれていても希望だけは、わたしだけは見失わないでほしい。我が儘だってわかってる。だけどわたしにはもう時間がない。全てを捧げると誓った白龍皇子の傍には生涯付くつもりだった。わたしとしての全力を全部を、愛してる貴方に。


「…急にどうしたんだ」


それにしてもなまえが変に感じた。思い過ごしだろうか。



「今言えるのはこれだけです。同じ心でとても嬉しいのです」



だから、どうかお元気で。




□■





太陽が傾き始め、なまえは仕事に戻るといい去った。それから、何ヵ月か白龍はぱったりとなまえを見ることが無くなった。毎日のように会いに来たなまえが。好いているといったあの日が。とても遠く感じた。夢だと錯覚してしまいそうになる。だけれどあの時握った手の感触はまだ覚えている。



「……どこにいるんだ?」



暇を持て余そうと部屋を出ると兵士たちがこそこそと立ち話をしていた。警護を怠るな、と叱ろうと思った。が、出来なかった。今、何と言った…?




「そういやなまえは何処へ行ったんだ?」
「急だよな〜西の方の軍にいるんだろ?」
「いやスパイかもしれねぇよ。あいつ、年食わないし化け物みたいな強さだったし」
「化け物は言い過ぎだろ…。よく白龍皇子も相手にしたもんだ」
「あいつも意外とやるもんだな」



「―なまえがどうした?」



「は、白龍皇子っ!失礼を致しました!」


「もう一度聞く。なまえがどうした?」




苛立ちが込み上げる。理不尽だ。居なくなった理由も明白じゃないのに。勝手に話が造られていく。世界はきみを敵にする。化け物だと形容する。きみは至って普通だ。俺が信じ、愛した女性だから。
洗いざらい吐いてもらった結果、どれもこれも真実ではなかった。出任せにも程がある。くそ。どこなんだ。



「―!」



途端に聞いた話が嘘だった。消去法で考えると、なまえはもしかしたら。…もしかしたら、本当にいなくなっているのかもしれない。




「なまえ!」



消息不明とまさに言っていいところだ。どうして。何もかもが急すぎる。なまえが、そんな。




「一人じゃない」



そう言って誓って傍にいたなまえ。なのに呆気なく消え去ってしまった。驚きが大きいあまりに追悼の思いさえもなかった。失った感覚がないのだ。確証なんてない。実際には噂話なのだ。俺が信じずに誰が信じる?負けてはいけない気がした。そう偽りの終末になんか、負けるものか。



「皇子」

いつかまた笑うきみを夢見て。





□□




そして白龍は力を手に入れる。迷宮ザガンで何とかして手に入れた力。この力で己の国を、王を、壊すと決めた。復讐に堕ちた白龍は誰から見ても変わったとも言える。白瑛は「なまえがいてくれたら」などと今更遅いことを言ってくれる。遅いんですよ、姉上。なまえが帰ってくることなんてない。じり、と胸が痛む。現実にはなまえがいないのだ。



「………なまえ」


俺にはもう復讐の為の力しかない。傍にいてくれた兄弟だっていない。一番いてほしい人は何時だって離れていく。願ってもないことばかりだ。



「お前に、会いたいよ」



偃月刀の八芒星が光を放っていたことには気付きもしなかった。きっとザガンは何かを伝えたかったのかもしれない。

白龍。と玉艶に呼ばれた。なまえについて話があるだとか。勿論興味がないわけがないので黙ってついていく。




「もうなまえのことは忘れなさい」

「は…?どうしてです」

「あの子が白龍の傍にいては危険なのよ。ほら、なまえは変でしょう?」



玉艶に敵わないのは百も承知だ。けれどなまえを否定されては、そんなことも忘れていた。



「―忠節と清浄の精霊よ、」

「また同じことの繰り返しになるだけよ、白龍」

「!」



せっかくの全身魔装も玉艶の前では無意味にしかならなかった。力を持っていても、まだ弱い。靴を鳴らしながらこちらに歩いてくる玉艶に白龍は抵抗も出来なかった。なまえは組織にとって玉艶にとっても有害であった。光でしかならないなまえは白龍の堕天の邪魔だったのだ。そんなことはつゆ知らず白龍は何年もなまえといた。



「皇子」



幻聴が聞こえた。笑う玉艶を何とか押しのけ、鍛練場へと向かう。後ろでは止まりなさいと言っていたが聴かなかった。もしかしたら。



「皇子」


ほら、もう少しで。



わたしは貴方と離れることだけはしたくありませんでした。なのに、貴方から離れてしまいました。一種の運命の逆流です。しかし、わたしはいなくなったわけではありません。貴方が願うところに必ずわたしはいますから。わたしを本当に知ってくれた貴方なら、すぐに見つけることが出来ます。念願の眷属にだってなります。わたしは貴方の光でありたい。そして貴方はわたしの希望であってください。貴方がわたしを忘れないでいてくれることを、どうか。




「白龍皇子」



やっぱりなまえは此処にいた。何年も鍛練をしたこの場所に。身なりは変わっていたが紛れもなくなまえだった。



「信じてくださり、ありがとうございます」


「…お帰り、なまえ」


また長い道を此処から歩むんだ。




企画サイト「花椿」様に提出
(My Dearest)






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