揺れる銀髪が視界を埋め尽くす。状況の判断がし難い。なまえは自分の身に起こってる現状を深くは考えなかった。優しい彼が、まさかと。これは妄想に陥っているだけだと。まさか、いや、あり得ない。



「いつまで寝惚けてるんです」



どうやって信じればいい。なまえは睡眠をとことん愛する女。彼女はシンドリアで匿われたとある事情のある人間だ。実力はそこそこある方で、滅多なことがない限り力を使おうとしない。


そんななまえが昼過ぎまで寝ているのはしょっちゅうで、シンドバットは諦めた様子でもあった。放っておこうかとも考えたが、八人将は何とかして起こそうと大体日替わりでなまえの部屋に来る。周りの従者は何と言うだろうか。「ああ、今日もなまえ様の為に頑張ってらっしゃる…!」とんだ勘違いだ。やりたくてやってるわけじゃない。規律がどうとか。ジャーファルさんがどうとか云々。いくら王様が諦めても裏で政権を握ってる彼には誰も逆らえないのであった。




最初はそれこそ面白がってピスティやシャルルカンが率先していたがあまりの寝起きの悪さに彼らも断念したという。ドラコーンが醸し出すオーラ(威圧感)を物ともせずそっちのけにするのだ。スパルトスは異性が苦手なのでわざわざ自分から行くことはなかった。ヒナホホやヤムライハは忙しいを理由に近付かなかった。


「ということなんです」

「ヤムライハ…、報告ありがとうございます。また無理でしたか」


これで何度目だ。毎日とも言える八人将によるモーニングコールになまえはびくともしなかった。きっと分かっているのだ。本当は誰が起こしに行くべきなのかを。最終兵器を使うべきだと。


ジャーファルと言えばどんな人?一見温厚な印象を受けるが、その真意に近づく者は少なくごく一部だ。かつては暗殺者であったからシンドリア外に対する警戒心は強い。内に入ったものに対しては甘やかすこともあるが(特にアラジンとかアラジン)なまえには手厳しかった。
こんなんだったらまだシンドバッド王の方が良かった。来たことないけど。だってあのジャーファルなのだから何しでかすかわからない。予測不可能だ。



「入りますよなまえ」


起きてないこと前提なのか声を掛けるだけでドアを開けた。もしなまえが着替え中でもジャーファルなら気にもしないだろう。彼はそういう男だ。

案の定と言うべきか、なまえは眠っていた。本当にこれでも食客なのかと疑いたくなるところ。しっかりしてほしい。寝息だって聞こえる。



「なまえ」


ここで話を戻そう。ぎゅっと鼻を摘ままれ何かがのし掛かる感覚に夢から覚めたなまえは呆然としてジャーファルを見たのだった。



「ジャ、ジャーファルさん…」


「いつまで寝惚けてるんです」

「うっ、……すみませ、あと重い…っす」


「当たり前でしょう。私がなまえに乗っているのだから」


「はぁ…、はああ!?」



ご自慢の腹筋で上半身だけ起こしてみせたなまえ。何ともナイスリアクション。「起きましたね」と呑気にいうジャーファルだが彼も彼で全く動揺もしなかった。



起き上がった拍子になまえの額にジャーファルの唇が当たったこと



なまえもあまり気にはしていなかった。起きたばかりで頭が覚醒していないからだ。そうこれは事故。鈍感同士は何があったかあまり気にしていなかった。




「てかなんちゅー起こし方ですか。目覚め悪いです」


「一番目覚めやすいかと思いましたが?」


「年頃の女の子にすることじゃないです」


「別に襲うわけでもありませんし」


「なっ!可能性はゼロですか!」

「何もそこまで言ってません」


「でも悪意を感じました。今までの誰よりも」


「そうですね」


「早く退いてください」



そう言えばあっさりと退いてくれた。なんだ聞き分けいいな。ぼさぼさな髪を掻いてあくびをすれば、ジャーファルが口に手を当てているのが見えた。実は後になって気になったらしい。



「ジャーファルさん、どうしたんです?」

「っ!いいえ、コホン。…なまえ。あまり勢いよく起き上がらないでくださいね。二次災害が出ます」


「はあ!?」



そのままぱたんとドアを閉めて出ていったジャーファル。なまえにはこれっぽっちも理解できなかった。次はスクワットでもして足を鍛えてジャーファルを蹴りあげようと無謀なことを考えるだけだった。









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