日の出も日の入りもない。何とも言えない空間になまえは一人佇んでいた。凍てついた一歩道の真ん中で夜に更けながら。意味もない孤独感に襲われながらも呆然と上に広がる空を眺めていた。
ロマンチックに輝く星、たまに見える流星群にも心踊った。なんて幸運なのだろうと。ここは白昼夢の世界ではない。確かに存在していた。遠くにいる恋人を思いながら天の川を指で描いた。織姫と彦星のように自分達も会えないのか。
そんな切ない話は嫌だというように鞄の中にある携帯電話が震えた。着信相手は、赤司征十郎。出ようか出まいか、迷う意味はなんてないのだろうけど、今は空をみて思いに更けてたから何となく出にくかった。もしこのまま会えずじまいになってしまったら、自分も赤司も関係が終わってしまうのだろうかと。嫌な錯覚。しかしそれらの愛も別に永遠ではない。赤司とは永遠を語っていない。
ならこの夏の星の綺麗な日に絶えてしまったほうがましなのだ。消えない着信は赤司の想いそのままなのに。いつまでも待って、声を聞くという行為をなまえは拒んでしまう。一瞬の迷いはやがて破局を生んでしまうのをなまえは知らない。知る術もない。赤司が最初で最後の人だから。いつも決め付けて勝手に一人で納得するなまえを赤司は好まなかった。そこはこうだ、といつも案を出してはなまえの思考を変えるのだ。そんな日常も今日で終わりにしようか。
「出ないのか?」
決心した矢先に、ふいに聞こえた声はまさに今別れを告げるべきのひとであり、何より京都にいるはずの愛しいひとだった。振り向けば赤い彼が電話を片手に持っていた。この一歩道に赤司はいた。気配なんてひとつも感じなかった。なまえは口を開けながら声にならないくらい驚いていた。
未だに着信コールは途絶えない。そこで待ってろというように。どうして、ここにいるの。どうして、近付いてくるの。わたしは貴方を拒もうとしてるのに。絞り出そうとした声は喉につっかえ語を発することは出来なかった。なんて悔しい。赤い髪が、少し低めの声が、長い足で近づいてくる存在自体がなまえを迷わせる。二人の距離は一メートルもない。なまえの足はまるで金縛りにあったかのように動けず、赤司の目がまずは逃さないとでもいうように強くなまえを見ていた。
まだコールは途絶えない。わたし、待ったよ。貴方がここに来るまで。まだ鳴り止まない。打開策なんて思い浮かばない。何もかも赤司には効かないから。無慈悲な空間、二人ぼっち。
「…、今、出るから」
携帯電話を耳に当て真っ直ぐに赤司を見つめる。逃げなんかしない。きちんと向き合う。それから別れ話を切り出そう。
「僕の声が聞こえるかい?」
「…聞こえるよ」
この近い距離で赤司の声は確実に聞こえるのをわかっているのに何を言っているのか。馬鹿馬鹿しいと笑おうか。だが赤司は真剣に問いていた。待つ、と聞く、。
「僕を見ているか?」
見ているのに。なまえは何だか目の前の赤司がぼやけてみえる。不確かな存在などないのに。赤司は脆く見えた。なまえは何処を見ているのか。赤司征十郎じゃないのか。赤司に伸ばそうとした手を優しく掴まれた。そしてそのまま自身の唇に近づけた。
「何する、の…?」
後ろに一歩引こうとした瞬間掴まれた手が力強く赤司の方に引っ張られた。バランスを崩した体はそのまま雪崩れ込む。意外にも赤司は抱き止め、ため息を吐いた。
「なまえがしようとしてることくらいわかってる。だから来たんだ。待ってろ、と。なのにお前はまた逃げて拒もうとする。一人で悩んで一人で行こうとして。僕を頼ろうともしない。それが嫌だったから高校は離れてましになるかと思ったけど」
一度言葉を切った赤司は首もとに埋めた顔をあげ、また真っ直ぐになまえをみて
「別れ話なんて勘弁してほしいね」
迷いがあるならまだ引き戻せる証拠だろう?卑怯に笑う赤司になまえは口を閉ざす。切り出そうとした話はどこか泡沫に消えてしまったようだ。赤司が愛しい。赤司は正しい。なまえの中の想いはひとつ。それを知ったようにゆっくりと近づき、優しい口付けを落とした。
「こんな日だからこそ、永遠を誓うんだよ、なまえ」
僕はずっと待っていたしお前だけをみてお前の言葉を信じていた。だから、織姫と彦星のように、一年に一度の愛を誓おうか。