「大ちゃんの馬鹿!」
朝からそんな怒号を聞いても別に怖くなんかなかった。幼なじみのさつきはいつも俺に構う。放っておけよ、と思う。さつきは好いている訳じゃないが、信頼はしている。だから時々うざったくなるのだ。しつこいのとめんどくさいのと。あんまり無視すると赤司にチクるからそれは勘弁。さすがに逆らえねぇよな。
最初は何とも思わない日々が続いた。部活も仲間もそれなりにいて、順調で。何一つ不自由ないかと聞かれれば勿論と答えられるくらいだった。だけど、変わってしまった。バスケに対する意志じゃなくて、メンバーが。赤司が生徒会長というトップになってから。別に構わなかった。どうせ俺には関係ないし。誰もがアイツに従うのも頷けた。赤司のやつは、本気だ。本気であの言葉を言ったんだ。それからよく分裂するようになった。赤司につく紫原と緑間。俺とテツと黄瀬。後者は自由に生きたいタイプなんだろう。
まあ、一つ赤司に要望があるとしたらマイちゃんの写真集を売店に置いてくれたらな。
「くそ眠い…」
屋上でいつも通り授業をサボってるとドアが開くのが聞こえた。こんな時間に珍し、くもないか。昼過ぎは睡眠をとるには最適だから。俺以外に人が来ても不思議ではない。帝光が真面目すぎるんだよ。タンクから少し顔を出せば、そこにいたのは女だった。
そいつは自分の肩と同じくらいの柵に手をかけ、一人何かを言っていた。ストレス発散でもしてんのか。
「ばかばかしい」
「…、っ!」
そのまま手に力を込め、自身の体を浮かせた。まるで不安定な鉄棒に掴まってるみたいだ。前回りでもしてみろ。落っこちる。危なすぎる、と危険を察知した俺は咄嗟に動いていた。パンツ見えそう、とか邪な思考が邪魔をするがそれどころじゃない。一気に近づき(意外と)細い腰に腕を回し、何とか安全を確保した。目の前で自殺なんかさせっかっての。後味悪い。
「ったく、死にてえのか」
「…あ、」
俺の顔を見た途端バツが悪そうに曇る表情。すみません、ありがとうございました。と並べた言葉を言ってさっさと立ち去ろうとするそいつを俺は止めた。話くらい聞かねぇとわかんねえしな
「少し、逃げたくなったんです…」
逃げたくなったんです。そう言ったそいつは急にか弱く見えた。多分これが赤司がいってた名字名前なんだろうな。
上目遣いなんて無自覚なんだろうけど、碧いつり目に惹かれた。幻想的な瞳に吸い込まれそうだ。微かに見える光に俺と同じものを感じた。自由を欲している。そういうタチなのだ。まさしく赤司に反抗してんなこれは。でも逃げたいなんて。理由を聞きたい。
「あの人は何もかもが強すぎる。孤高でいることで敵も味方も寄せ付けない。…ほんと、中学生かっての。」
後半は愚痴だろうけど前半は確かに同意できる。赤司は孤独で完璧な存在だ。嫌なくらい。
柵に二人とも凭れながらそれからもずっと話していた。名字がこんなに心許すのは俺が名字にとって部外者だからだろう。いや俺の名前とか聞けばわかるんだろうけど。聞いてみっか。
「あのさ、名前知らねえままだし。教えてくんね?俺は青峰大輝」
「あ、ああそうだよね。わたしは、名字名前。青峰君ってあの青峰君?」
あの、と形容した理由は何となくわかる。キセキの世代の一員なの?と聞いてるのと同じだ。一言頷けば、目を伏せて笑った。
おかげで俺も確証を持てた。簡単に本音を話した名前とは気が合いそうだから、また会おうぜだなんて言って。次の約束をした。