私は猛烈に暇だった。それはもう、メフィストの家を訪問する、という最終手段を選択してしまった程に。 しかし残念なことに暇を打開することは叶わなかった。意外や意外、メフィストはガツガツ仕事をしていて私に構ってくれることなど数時間分の1もなかったのだ。 いつもは仕事なんか全くせず毎日ダラダラしているくせに、今日に限ってこの真面目ぶり。正十字学園理事長、正十字騎士團日本支部長、祓魔塾塾長を兼任する身としては当たり前なのかもしれないけど、この現状は非常に不服だ。何の為に最終手段としてあんたを残しておいたのかサッパリじゃないか。 ソファーでクッションを抱えてあくびを噛み殺している私が暇を持て余していることは重々承知であろうに、お茶の一つも出さず完全無視の態勢を崩さないメフィストのなんと薄情なことか。さすが悪魔だ。あんたは根っからの悪魔だよ。 ピエロみたいな格好をしているくせに真面目な顔をして書類やパソコンに向かっているメフィストを心中で毒づくのも飽きた。余計に気分を損ねるだけで全くもって面白くも何ともない。 「(……お腹空いた)」 なんだかメフィストを見ていたら無性にアイスが食べたくなってきた。 何故アイスなのかというと、メフィストの胡散臭さを最大限に引き出しているあの服装にある。ピンクと紫。不思議の国のアリスに登場する不可思議な猫のようなその色合いは、某アイスクリーム店の"コットンキャンディ"というアイスを彷彿とさせるのだ。確か綿菓子の味でめちゃくちゃ甘くて美味しいあのアイス。メフィストに似ていると思うと可愛らしさは激減するけど、やっぱりそっくりだ。 「メフィストってコットンキャンディみたいだよね」 何時間も黙っていたとは思えない程にさらっと口から出た声は、広い室内に思ったよりも響いて少し驚く。 私にとっては一考の末の言葉だったから唐突でも何でもなかったのだけど、仕事に没頭していたメフィストにとっては予想外の発言だったようで目を丸くして顔を上げ、「今何と?」と聞き返してきた。 だから、と接続詞を追加して同じ台詞を口にすれば小首を傾げて頭上に疑問符を浮かべるメフィスト。特に可愛くはない。 私が持ち帰り用パックのアイスをここに持ち込んで食べたりしたことがあるから、コットンキャンディがどんなものかは分かっていると思う。だから似ていると言われる所以(ゆえん)も理解しているだろう。 即ち疑問に思っているであろう箇所はそれが"褒め言葉"なのか、というところだろうか。 「それは褒められているのですか?」 ほらやっぱり。 つかみ所がないとよく言われるメフィストだけど私はそうは思わない。 「別に褒めても貶してもないよ。ただの感想」 事前に用意していた台詞を単調に述べれば不服そうに眉を寄せられた。これも想定内。 もし"褒めている"と返せば至極満足そうな顔をして「それは私が可愛らしくてファンシーということですか?」等と寝ぼけたことを言い出すことも分かりきっているのだ。そんな私が気分を害す流れには持っていかない。 「ただの感想、ねえ。甘そうとか美味しそうとか、他にはないのですか?」 「特に何も」 「手厳しいですね」 やり取りの間中もキーボードを打つ手は動き続けていたが、ここにきて漸く手を止めて立ち上がったメフィストに内心ほくそ笑む。これでやっと暇が潰せる。 見るからに何かを企んでいる表情を浮かべながら隣に腰を沈めたメフィストは胡散臭い顔をぐっと近づけてきた。鼻と鼻がくっ付きそうな距離で、自然と右手で顎を押し返す。ささやかな抵抗。 眉一つ動かさず無表情の私を片側の口端をくっと上げて見やり、音を発そうと開いた口をすかさず私の声で塞いだ。 「甘くて美味しいかどうかは味見してみたら分かる、とか言い出さないでよ」 再び目を丸くしたメフィストの頬が下がる。 私の一言にと胸を衝かれたその面持ちを代弁するなら、「なんということだ!」あたりだろうか。 「メフィストが言いそうなことなんて簡単に予想がつくよ」 「……貴女は本当にやりずらいです」 「そういう食えないところが"実に面白い"んでしょ?」 「よくお分かりで」 いつだったかメフィストに言われた台詞を垂れた私にお手上げだと言わんばかりに肩をすくめ、少し距離をとった彼は小さく溜め息を吐いた。しかし心無しか未だに楽しげな顔を崩さない。(彼はいつだってそのような風情だけれど) 先程までに比べたら遠くなったとはいえ、足を組み替えれば膝と膝がぶつかりそうな近い位置で腹を探り合う。 次に彼はどんな素っ頓狂なことを言ってのけるのか、それに私はどう対応するのか。どちらがどちらの意表を突くのか。真意はどれなのか。 何気ない会話でもすまし込んで本心を出し惜しむ私達は、常に探り合っている。所謂似た者同士というやつだった。 メフィストが犬歯――牙と言った方が正しいかもしれない――を見せて笑うのは腹の内に深く踏み込んでくる合図。先手をかけるのはいつもメフィストの方だ。 「貴女は私のことをよくご存知のようですが、私も貴女のことを貴女が思っている以上に熟知しているのですよ」 「へえ、例えば?」 「そうですねえ……。例えば、私がアイスに似ているだなんて突拍子もなく言い出したのは、ただ単に私に構ってほしかった口実。等でしょうか」 そしていつだってチェックメイトをかけるのもメフィストの方だった。 僅かに片眉を上げた私に目敏く気付いたメフィストは絵に描いたようなドヤ顔をご披露している。 随分とタイムリーな例えですこと、と微苦笑する私に「そうでしたか?」と語尾に星を飛ばしてすっ呆けるこの男のなんと憎らしいことか。 「あんたのそういうとこ嫌い」 「そういう天邪鬼なところも私は好きですけどね」 くく、と笑みと目元の隈を深め喉を震わす様は、悔しいことに女の私より色香がある。 「貴女は私を転がしているとお思いかもしれませんが、手の平で可憐に踊っているのは貴女の方ですよ」 極めつけの台詞を耳元で低く囁かれ脳内で白旗を振った。もうこうなったらメフィストのペースから脱することはほぼ不可能だ。 耳たぶを気持ち程度に飾るピアスを噛み、そのまま下唇にも噛み付かれる。特に返しもせずにされるがまま。 こういう時だけは口も立たず大人しいですよね、ともいつだったか言われたことがあったけど、そうすればメフィストが満足することを知っているが故のことだ。 私が"踊ってやっている"ことまでは彼は知らない。彼が知っている私は私が"知らせている"私だ。 いつかそのことを彼が突いてくれば私はやっと天邪鬼ではなくなると思う。もっと私に構ってよ、等と可愛らしいことも言えるようになるだろうか。 「やっぱり甘くも美味しくもないね」 かといって不味くも優しくもないそれが嫌いじゃない、ということはまだ知らせてあげない。ついでに"わざわざ暇を作っている"ってことも。 ――早く気付いてくれればいいのに。 ――――――――――――――――― 111118 企画サイトblue×blue様へ提出 |