8歳のときに初めて地上を見たとき。


その時たまたま本で見たような船があって、甲板を眺めてみると、綺麗な綺麗な男の子がいた。

初めて地上の男の子を見たけど絶対その子が世界で一番かっこいいって、私はすぐに恋に落ちた。


なんて単純なんだろう、と今なら思う。
でも当時の私は不思議がることもなく、ドキドキする鼓動の苦しさと切なさにどこか酔いしれて、彼をボーッと眺めていた。



その時、船が大きく揺れて不意をつかれた彼は海に落ちてしまった。

私は突然のことに吃驚して、でもじっと見ていたから見逃すこともなくすぐさま泳いで彼をどうにか捕まえて騒がしい甲板を尻目に浜に打ち上げておいた。


男の子は大丈夫そう。
だったらそこですぐに立ち去るべきたったのだろうけど、初めて見た地上の、それも好きになってしまった男の子だったからまじまじと見入っていた。


すると男の子は意識を取り戻して目を開けてしまっていたのだ。

私たち人魚は人間に見られてはいけないのに…!

目があった瞬間、慌てて海に飛び込んだ。




あれから7年後。

幼かった頃の恋心を未だ忘れることができないでいた。

成人した私は、馴染みの魔女のところへと向かった。

「ねぇ、銀ちゃん。私、人間になれないアルか…?」

銀ちゃんは少し困った顔をした。

「前に言っていた人間に会いに行きたいのか?」

「うん。会って、あのとき助けたのは私だって言いたい…」

「…そうか。まぁお前も大人になったわけだしいいんでねーの?」

そう言って私の前に小瓶を差し出した。

「これを飲めばたちまち人間になれる。だが王子が他の女と結婚した場合、お前は泡になって消える」

「そう、アルか…」

銀ちゃんは淋しそうな、悲しそうな微笑み方だった。

多分、本当は私を引き止めたいんだろう。だけど、銀ちゃんはいつだって味方してくれた。

「ただ副作用は…そうだなぁ、人魚に戻れないってとこくれーかな」

「銀ちゃん…」

「馴染みのサービスでタダでやるよ。成人したお祝いだ」

「ありがとう!」

銀ちゃんにぎゅっと抱きつくと背中を撫でてくれた。

「覚悟が決まったら飲むといい」



**


ごめんね…お母様、お父様、お姉様たち

私は彼に会いに行きたい




気がつくとそこは何処かのベッドの上だった。

「…え」

ここは…?

「起きたかィ?」

驚いて慌てて起き上がると、そこには成長してよりかっこよくなっていた、でも確かに恋い焦がれたあの人がいた。

「え、えっと…!」

「浜で倒れてたぜィ。何があったんでィ」

俯いて黙ると、その人は深く聞かないでくれた。

「まァ言いたくねェことの一つや二つくれェあらァな」

やっぱり…優しいな。
少し言葉遣いとかに驚いたけど、私を助けてくれた時点でとてもいい人だと思う。

「言えなくてごめんなさい。でも、その…助けてくれて、ありがとう」

緊張しながらも、やっと声が出せた。
震えそうになるのを必死に堪える。

「怪我は?」

「うーんと…特にないアルヨ」

「そりゃよかった」

優しく、ふんわりと笑うものだから、ドキリとして顔を背ける。

「ところでお前これからいく宛あんのかィ?」

「!………」

そういえば忘れてた。
人間になって、一体何処で生活するつもりだったんだろう。

冷や汗をかきつつまただんまりとしていると、王子は察してくれたようだ。

「なんでィ家出か?」

「…まぁそんなところネ」

「じゃあうちに居れば?部屋余ってるし生活には困ってねェからテメー一人増えるくらいどうってことねェけど?」

「えっ!いいアルか!?」

「あァ」

やった!まさか、王子のところに住めることになるなんて…!!

「お、お願いします!」

「おう。じゃあ部屋用意する」

私みたいな得体の知れない女をまさか城に住まわせてくれるなんて…!
思ってもいなかった。
かなりついてるんじゃないだろうか。

「で、名前は?」

「神楽アル」

「神楽、か。俺は沖田総悟。よろしくな」

おきたそうごって言うのか…
そうごって呼ぶべきかな?

「よろしくですアル」

「そんな敬語じゃなくていいからな?」

「はい…じゃなくて、うん!」

「そうそう」

これからを思い、このときまでは私は期待で胸が一杯だった。


**


近頃は少し総悟とも仲良くなって、どうにか話すチャンスを伺っていた。


そんな折。


総悟には、婚約者がいるらしいことを耳にする。

その数日後に婚約者がこの城に来訪した。

愛していないなら彼は簡単に断るだろう。

でも、私が見たその時の二人は…
とっても仲がよさそうで、恋人のようだった。

総悟は私が見たことないような、それはそれは優しそうに彼女に微笑んでいて、彼女も幸せそうに笑うんだ。


そうか
私に、勝ち目なんて……

助けたことも、言うべきじゃない、よネ
言う前で、よかった



海岸に向かった。
海辺の岩にゆっくり座る。

「泡になるしかないアルか…」

ザプ、と不意に不自然な波が立った。

「神楽ちゃん」

「お、お姉さま!」

そこにいたのは、仲の良かった一番上のお妙お姉さまだ。

「せっかく念願の地上なのにどうして浮かない顔なの?」

「…王子と一緒に暮らせるようになったアル。でもネ、王子にはもうすぐ結婚する人が……」

「神楽ちゃん……」

お姉さまは私に何か、差し出した。
ナイフ……?

「これを王子の心臓に突き刺して」

「え!?」

「そうすれば貴方は人魚に戻れるわ!」

「でも…!」

「そうじゃないと貴方は泡になってしまう。そうするしかないの…神楽ちゃんの帰りを、皆待ってるわ」

そう言うとまたザプン、と海に潜っていってしまった。

「お姉さま…」



帰って時計を確認すると真夜中。
総悟も眠っているだろう。

今なら……

震える手でナイフを持ち、切っ先を見つめる。

私の、初恋の人……


ガチャ

何処かで扉が開く音がした。慌ててナイフを後ろに隠す。

「神楽?こんな遅くに何処行ってたんでィ?」

総悟!
まだ起きていたみたい。

「ううん、何でもないアル。ちょっと夜風に当たりたかっただけネ」

「…そうか。危ないから明日にして部屋で休みなせェ」

「はい、そうするアル。おやすみなさい」

「あァ、おやすみ」


部屋に戻っていく総悟を見守り、部屋に入ったのを確認すると、私もそーっと自分の部屋へと戻った。


やっぱり私には拾ってくれただけの優しいあの人を、初恋のあの人を……

殺すことなんてできない。


ナイフをそっと、机の引き出しにしまう。

地上に来る時から覚悟していることを今更迷う必要なんてない。

ごめんね。お姉さま。





「神楽、話だって?」

話がある、と言って総悟の部屋を尋ねた。
総悟は快く迎えてくれた。

「うん」

こういう時、私は黙って泡になるべきなのかもしれない。

でもね。
最後にちゃんとお礼言って、ちゃんと別れを告げたい。

「俺も神楽に話があるんでさァ」

総悟はわくわくとした、嬉しそうな表情。

あぁ、とうとう結婚が決まったのかナ。
聞きたくないアル…

「…総悟」

「ん?」

「私、自分の家に帰ろうと思うアル」

「…え?」

一気に総悟は困惑した。
そりゃそうか。いきなり、だもんネ。

早く言わないと、涙で声が出なくなっちゃう。

「喧嘩して家を出たけど、お父さんや皆がもう帰ってこいって。私の幼馴染もね、そう言ってくれてるヨ!」

嘘つくけど、許して。
本当のことなんて言っちゃいけないの。

「幼馴染…」

「うん!帰ってきて、結婚しようって言ってくれたアル」

だから……

小さい声になってしまった。
もう一度力を込めて言葉を紡ぐ。

「だから、今までありがとう!総悟はとても優しくて、親切で…短い間だったけど、本当に嬉しかった。逢えてよかった……」

「神楽…」

ぺこ、と頭を下げた。

あ、もうだめ。
耐えられない…

総悟に背を向けて部屋を出ていく。

「さようなら…また恩返ししにくるネ!」

総悟が近づく気配も無視してドアノブに手を伸ばした瞬間、何かが目の前でキラリと光った。

それは、電気に照らされた刃。


あれ…?それってお姉様の………




「なら、俺のものになれよ」

崩れ落ちた身体をそっと支えて静かにしゃがみ込む。

抜いたナイフが床に落ちてはカランと鳴いた。

「神楽…」

知ってた。
お前が7年前、助けてくれた人魚の子だって、一目見てすぐに分かった。


今の婚約者が助けてくれたんだと周りに言われて、今まで長い付き合いだ。
正直一度も信じたこともなかったが…
最近はそうなのかもしれないと思い始めていた。諦めていた時だ。
お前が来たのは。

間違いない。見間違えるはずがない。その綺麗な髪だって、海のような澄んだ瞳だって、覚えてる。

俺がずっと探してきた女。

どうでもよかった結婚など。
だが神楽がいる今、俺の妃に相応しいのはあいつのような嘘つきで醜い女などではない。


徐々に逃げ道なんて失くして、俺だけのモノにするつもりだったのに。

「幼馴染と結婚?許すわけねェだろ…」

なのに神楽、お前が何処かに行こうとするからいけないんだ。


また、何処に行こうって言うんでさァ。
俺には行けない海の底?


「今日あの女なんか追い返してお前と婚約するつもりだったのにねィ…」

もう誰にも渡さない。逃がさない。
俺の…俺だけの……

冷えた亡骸をぎゅっと抱き寄せる。

「今から俺も行きまさァ。だからもう少しだけ待ってくれ」

片手で抱きしめたまま、もう片方の手は床に落ちたナイフを握りしめた。


「嗚呼。俺だけの、人魚姫…」


そして自分の心臓へとナイフをあてがった……



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