言われた通り放課後、資料室に来た。 「おぉ、よく来たネ!時間ぴったり」 「なんか行かないと面倒なことになると思って」 「ふふん、よく分かってるアルな。サボったら一週間追加の草抜きに変わったネ」 「…そりゃ来てよかった」 机には紙の束ができていた。 けっこうな量に思わずため息がでる。 「ため息つかなーい!じゃあやるカ」 広い事務用っぽい机が部屋の真ん中にあった。 「沖田は向かい側に座るネ。で、私が3年生に配るプリントを順番にまとめてお前に渡すからホッチキスでとめるヨロシ」 「簡単ですねィ」 向かい合わせに座り、先生から手渡されたプリントをホッチキスでとめる。 落丁や順番の点検が必要な先生の方とは違ってこっちはけっこう暇だ。 「せんせー、暇でーす」 「ちょっと待ってるアル!」 ホッチキスで遊んでいたが、次第に飽きてきた。 「先生ってなんで教師になろうと思ったんですかィ?」 「ん?んー…私、勉強はできるタイプじゃなかったのヨ。だからこう、分かりやすく教えられたらいいなーって」 「えー。先生真面目そうだけど」 「そんなことないアル。高校のときはそれはそれは酷かったんだから」 「ここ?」 「うん。その時から銀ちゃんは変わらないネ」 「そういえば教え子って言ってましたねィ」 資料を渡され、ホッチキスでパチン、ととじた。 「うん。銀ちゃんには昔からお世話になりっぱなしネ」 プリントに目を通しながら苦笑い。 「仲よかった?」 「そうアルな。銀ちゃんは父と知り合いで。高校入る前から。沖田にもいるダロ?幼馴染くらい」 「残念ながらむさい男ばっかりでねィ」 「あ、近藤とか土方アルか」 「そうですねィ。あいつらとは長いんでさァ」 「仲いいもんナ!」 「よしてくだせェ。特に土方さんは」 「なんで?」 「嫌いなんですよねィ」 「ふふっ、嫌よ嫌よも好きのうちアル」 「おえー」 「ひどっ」 「嫌なもんは嫌ですぜ」 いつの間にか、俺は普通に先生と話すことが楽しくなっていた。 「言いたいことが言える程の仲ってのはなかなか珍しいものなのヨ?」 「まァそうですねィ」 「強いて言うなら二人にはもうちょっと沖田の管理をちゃんとやってもらいたいアルなー」 「親じゃねェんだから」 「でもしっかりしてるダロ?もうちょっと不真面目なのが直ればいいナー。ね?沖田」 「…努力しやす」 「そうアルヨ!だったらお前もこんなことしなくてよかったのに」 うん、まァそうだが… 少なくとも俺はこの時間が嫌いじゃねェみたいなんですよねィ。 「…よし!今日はとりあえずこれでラスト!」 「え?いいんですかィ?」 「はやく部活行けよナ!大会近いんダロ?」 「恩にきりやす」 なんだか残念な気がしたが、そんなことには気が付かないで俺はすぐさま教室へ支度しに行った。 一日目、案外短い時間に感じた。 ***** 二日目。 「今日もこれですかィ?」 「そうアルな…次はまたあるけど今日はとりあえずこのプリントの山をどうにかするネ」 今日も面倒だがちゃんと来た。 一週間増えちまうらしいからねィ。 「さて!やるカ!」 「へーい」 また昨日と同じ位置に着いた。 「お、今日には終わりそうネ」 「そうですかィ?」 「昨日結構進んでたみたいアル」 「そういえばずっと手ェ動かしてやしたねィ」 「口もよく動いてたから気付かなかったネ」 紙の束を整えて、引き出しからホッチキスを取り出す。 「ほらヨ」 「どうも」 しかし今日は早く終わりそうだ。 それがなんとなくムズムズする。 ホッチキスを手に取って、パチンという音が部屋に響いた。 「せんせー、今日はもう仕事ないんですかー」 「ないアル。お前部活行かせないといけないネ」 「えー」 「銀ちゃんに言われてるネ!うるさい天パアル」 銀八は俺たち剣道部の顧問だ。 俺のことを想ってのことだと思ったが、先生が銀八の名前を出され落胆。 …なんだよ。 「ほら!お前もさっさとするヨロシ!」 「へーい」 この日はあまり話してくれなかった。 ***** 三日目。 「よーし!今日は事務作業ネ!」 「なんですか?」 「この紙に書いてあることをパソコンに打って欲しいアル!」 また紙の束だ。 なぜか今日はそれも嫌じゃない。 「分かりやした」 「お?なんか今日は物分りいいアルな」 「なんとなく今日は気分がいいんでさァ」 「ほーお?」 先生は首を傾げたが、さして気にとめなかった。 コンセントを繋ぎ、電源を入れる。 立ち上げてから、先生がパソコンを操作する動作がなんかぎこちない。 「…よし!じゃあするヨロシ!」 「…先生」 「ん?」 「なんでパソコン一台なんですかィ?」 「う…」 「やるの俺だけ?」 「…えーと、その…」 徐々に笑顔が引きつり俺から目線を逸らした。 「しかもこういうのって俺にさせていいんですかィ?」 「うぅ……」 苦笑いの先生は視線を泳がせ、手の指を躯の前で弄んだ。 「別に資料は…他学年のことだから多分お前がやってもいいアルヨ。でもその、パソコン一つしかなかったし…そもそも私パソコン苦手ネ」 なるほど。 大体最後の理由で説明がつく。 どうりで操作する様子もぎこちなかったわけだ。 「へーえー。先生なのにそんなんでいいんですかー」 「い、今は苦手なだけで!そのうち慣れるもん!」 「ローマ字は打てるんですかー?」 「…少しは」 申し訳なさそうな先生を見て、とりあえずこれ以上いじめるのはやめておこう。 Sとしてはかなりそそられるものがあるが。 「分かりやしたよ。すりゃあいいんでしょ」 「よろしくアル!」 ホッとしたように、途端に笑顔になってパソコン前の椅子の後ろに椅子を持ってきた。 「私は見てるアル」 え、まじで? ずっと先生に見られんの? なんか嬉しい。ような。 「これを打つんですねィ?」 「うん!」 椅子に座って早速キーボードを叩く。 「ほう…やっぱ最近の子は速いアルなー」 「これくらいは誰でもできまさァ」 「流石アルな」 「…先生って今何歳なんですかィ?」 「ん?私は22歳アル」 「そういえば大学出たばっかりでしたっけ?」 「そうヨ、まだ若いアル」 「…だけどできないんですねィ」 「…うち貧乏だったからナ。銀ちゃんも持ってなかったし」 「そういう問題かねィ…」 今日は先生が暇だからか昨日とは違ってやたらと話しかけてきて、それがやはり不思議と嫌ではなかった。 気分がいいせいだろうか。 ***** 四日目。 引き続いて事務作業。 今日も何故か気分爽快である。 「今日は私も遅いけどするアルヨ!馬鹿にさせないからナ!」 神楽は見事なまでのドヤ顔だが、俺としてはなくてもいい。 むしろなかった方がよかった。 「なんだヨ、その微妙な反応」 「…いや、別に」 俺も分からない。 ただ今日は昨日みたくは話せなそうなのが少し残念であるようだ。 「さて、早速するネ」 密かに先生がコンセントを繋ぐときに、棚の奥にあるので四つん這いになっているところを凝視してしまっていることに気がついた。 変態か、俺は。 「よしよし!調子もいいみたいアルな」 あ、残念。もうちょっと見てたかった。 隣にパソコンを並べて打ち始める。 と、その前に先生のパソコン捌きを拝見したい。 「う…ぐ…」 「!」 その様子に思わず吹き出しそうになる。 唸りながら右手の人差し指でゆっくりとキーボードを押す様は小学校低学年レベルだ。 「お前!笑いを堪えるんじゃないネ!」 びしっと人差し指をつきたて、真っ赤になりながらも照れ隠しか大きな声を出す先生は正直可愛いと素直に思った。 「いや、ホントに苦手なんですねィ…くくっ…」 「笑うナ!」 社会人としては致命的ではなかろうか。 「これからどうするんですかィ?プリントとか作れやせんぜ」 「そ、そんなのいつかはどうにかなる!」 「いつか…」 やべェ、なんか笑えて仕方ない。 口を手で抑えるが吹き出してしまった。 「っ、しつこいアルヨ!!」 ありゃ、そっぽを向いてしまった。 「すいやせん」 「私は先生アルヨ!もっと敬意を持って欲しいネ!」 敬意ったって… あまりにも子供っぽい。 俺を見て、考えてることが分かったのか、むっとすると黙ってパソコンと悪戦苦闘していた。 「せーんーせー」 「……」 「せんせーってばー」 「……」 「なーあー」 「はやくするヨロシ!」 こんな無邪気というか、ガキっぽい先生初めて見た。 さらに興味が沸く。 「せんせー」 「なに」 「怒ってる?」 「怒ってない」 「すいやせんって」 「怒ってないってば!」 明らかに不機嫌でさァ。 俺は逆に高揚している。 「ほら、沖田。こっちばっか見てないでさっさと手を進めるネ」 「えー」 「銀ちゃんに言われてるんだってば…お前行かせないと」 銀八のことを出され、今度は俺のテンションも下がる。 どうして銀八の名前を出されると嬉しくない。理由は分からねェが若干イライラもする。 「…速くしやすよ」 「よろしい」 なんでィ、これ… 心がいつも以上にもやもやする理由を考えているとあまり集中できなかった。 ***** 5日目。 今日がラスト。 「今日で最後アルヨ!よかったナ」 …別によくない。 なんか面白くない。 「なんでそんなにしかめっ面なのヨ」 意識しないうちに顔に出ていたらしい。 仕方ねェだろィ。 俺はこの時間が楽しいみたいだ。 昨日も一昨日も、その日の気分がよかったんじゃなくて、この時間が気に入っていたから。 でも、それだけ。 「今日は無口アル」 「そんなことありやせん」 「そう?」 パソコンをセッティングするのも、それを俺が密かに見ているのもいつものこと。 先生がこちらを振り返る前にさっと目線を逸らしておく。 「よし、今日はすぐアル!さっさとしよっか」 「…へーい」 「?元気ないアルか」 さっさと、という言葉が気になる。 なーんでこんなにも悩まなきゃならんのでさァ。 ぱちぱち、とキーボードの音が聞こえる。 「お前もはやくするヨロシ」 「…先生が戦力になりやせーん」 「う、うるさい!」 やっぱり面白い。 「私だって、もうちょっとしたら…」 「慣れるんですよねィ」 「そうアル。銀ちゃんに教えてもらうんだから!」 …あと、気になったこと。 先生はやたらと銀八の名前を出す。多分、天然なんだろう。よほど懐いている。 銀八、という言葉が出るときまたもやもやする。 「先生と俺らって6歳くらいも差あるんですよねィ」 「うん、そうアルな」 「にしては情けない限りですねィ」 「……お前は生意気すぎるネ」 話題を逸らしたくて、違う方向に誘導させる。 「恋人とかいるんですかィ?」 「いやー…全然」 「へェ。結婚とかは考えてないんで?」 「そういうのはまだちょっといいかナーって。そりゃあ好きな人できたら考えるけど」 「今はいないんですねィ」 「社会人になると出会いの場なんて少なくなるものネ」 「そんなもんですか」 「おうヨ。まぁ焦ってはないナ」 「ちなみに好きなタイプは?」 「うーん…年上で、強くて優しくて、行動に責任感がある人がいいアル。あとできたら背が高い人。顔や収入はあまり気にしないネ!」 「…………」 …なんでこんな敗北感があるんですかね。 「沖田はそういうのなさそう」 「俺だってありやさァ。姉上みたいに淑やかで綺麗な人でィ」 「へぇー姉さんのこと大切なんだナ」 「当たり前でィ」 「でもなんか似合わなそうアル」 「そうですかィ?」 「お前みたいなタイプはそういう子に惚れなそうネ」 あれ?もしかしてこれって嫉妬? なわけねェか。 「まァ…想像するとあんま面白くはなさそうですけど」 「だろ!?私の観察眼あまく見んなヨ!」 …分かってらァ、これは俺を見てるって意味じゃなくて、そういうタイプの奴って話だろィ。 って、俺はなにを期待してんだか。 「……あ。もう終わりそう?」 「もう終わってやす」 「えぇー!早く言うヨロシ!」 数回打ち込んだ後、終わったようで。 データを保存して閉じてから、先生は立ち上がってうでを伸ばす。 「はー…凝ったアルな…。よし、今日は早いけどもう部活行ってこい!」 「行きたくねー」 「じゃあもっと働いてもらうアルヨ?」 なんでかそっちの方がいい。むしろまだしてたかった。 …とは言えず、渋々道場に向かう。 来週からはないのだと思うと、寂しくなるが、あまり気にも留めないで道場に歩を進めた。 back |