Vanishment Emotion【後編】


もう、神楽は縁談を決めてもいいだろうと思い始めていた。




(あぁ、こんな人が夫ならすごくいいだろう。でもどうして、こんなに…)


こんな時に限って
どうしてこんなにも苦しいのか、
今更、こんなにある人の顔が浮かぶのか…

神楽は必死に笑顔を作った。
作り方さえ分からなくなりそうな程に神楽の心は乱れていた。

(もう終わったことアル、とっくに…今更どうしようもない、私はもう決心したのだから)

神楽はふと、思った。
諦めがついたこその、素直な気持ちを。


(一目でいいから、見たかった、かナ)


最後、過去に別れを告げようとした瞬間、スパーンッと勢いよく襖が開かれた。


驚きに目をむく二人。
特に神楽は、そこにいた人物に、声が出ないくらい驚いた。

「お、おま…」

ぱくぱくと口を開閉させるだけで、何を言っていいのか分からない神楽は声を発せないでいる。

そんな神楽を尻目に、現れた男…沖田は鋭い眼差しで李柏を睨んだ。

「すいやせん、コイツやっぱアンタと結婚すんの辞めやすんで。諦めてくだせェ」

李柏は状況についていけず、また沖田の言葉に戸惑っている隙にそう言うが早いか、沖田は神楽の手を引っつかんだ。

え、と言葉を漏らす神楽を強引に引っ張ってそこを走って出た。




「っ!?ちょ、沖田!!?」

ある程度距離が離れた路地裏で、やっと沖田は神楽を解放する。

「お前、なんで…!?」

「てめェが結婚するっていうから」

「理由になってないアル!」

神楽はとにかく戸惑っていた。
もう会わないと踏んでいた男がまさか縁談に現れ、挙句めちゃくちゃにしたので、至極当然のことである。

「なんで?お前にとって意味あるのかヨ!?」

「めちゃくちゃありまさァ」

「なにが!」

どうしてお前に関係があるんだ、と食い気味に責める神楽に沖田は至って冷静だ。

「てめェを結婚させたくなかった」

「は?」

「言葉通りの意味でィ」

神楽はますますわけがわからない、といった風だ。

「…嫌がらせ?」

「違うに決まってんだろ。んな暇人じゃねェ」

「じゃあ他になんかあるアルか!」

そもそも会いたくて堪らなかった人が目の前にいて、神楽は徐々に落ち着きがなくなる。

「私はお前に会わないようにして…!」

「神楽」

「なんだヨ!」

「結婚しよ」

神楽はさらりと言われたた言葉に一瞬呆然とした。
何を言われたのかも理解できないでいた。

「…私、今頭か耳が壊れてるみたいアル。もっかい言って」

「結婚しようぜィ」

ぐらり、と眩暈がする。
あまりにも唐突だ。

何を考えてるのか、大人になった今でも分からないなんて。

「付き合ってられないネ」

「おい、人のプロポーズ無視かよ」

声音を不思議に思い、神楽は沖田の表情をもう一回確認すると、息をのんだ。

「な、にアルか…文句かヨ?」

「そうでィ。ちゃんと聞け、馬鹿」

それでも飄々と言い放つ沖田に、神楽はふつふつと怒りを露わにする。

「勝手アル、お前…私たちはもう4年前に終わってるネ。お前のことも思い出さないようにしたし、縁談も受けるつもりだったのに…」

「…俺に会いたくなかった?」

「会いたくないに決まってんダロ!会ったら、絶対また好きになってしまうって…沖田にはもう家族もいるかもしれないのに」

神楽は無意識のうちに、自制していたのを言ってしまったことで、沖田は嬉しいやら悲しいやら複雑であった。

「なんでィ、それ。てめェなんか忘れられるわけねェだろィ。当時から俺ばっかり好きだったし」

「…お前と別れてやっと気付いたことは素直に悪いと思うアル」

ふん、と言葉とは逆に悪気なさそうに鼻を鳴らし、下方に目線を移す。

「俺は後悔してるからこんなことしてるんでィ…冗談であんなことするわけねェよ」

「…本気アルか?」

「あァ、本気だ。…だから、やり直そう」

神楽はどこか納得いかなそうに口を尖らせて、答えなかった。

「あの時の子はどうなったのヨ」

「4年前の?すぐ別れた」

「…私はもうお前なんか諦めてたアル。ちょっとは成長したし、嫁の貰い手だっていくらでもあるネ」

むっとしながらも沖田は黙っていると、神楽は次第に俯き、躯を震えさせた。

「なのに……」

「……」

「なのにお前がそんなこと言うから!揺らいじゃったアル!私の決心が!!」

神楽はそれでは収まらなかった。
全て言って、それで沖田が離れるのならそれでも構わなかった。

「せっかく、せっかく………これだからお前なんか嫌いアル!大っ嫌いネ!!」

そこで、言葉は途切れた。嗚咽で声が出ない。

我慢するつもりもなく神楽は大きな声で泣き出した。

「ふぇ……うわああぁああん!ひっく…うぅ、ふえぇ……」

「お、おいっ!?」

「もう、面倒だって思うんなら…ひっく、近づくナばーか!」

顔を拭って、沖田のことなんかさらさら、聞く耳持たぬといった神楽に焦りながらも痺れを切らす。

神楽を壁に追い詰め、後ろのコンクリートを思い切り殴った。

「っ!!?」

驚きに、涙も嗚咽も徐々に止まる神楽。

「おい、人の話聞けやクソ女ァ…しまいにゃあ襲うぞ」

神楽はあまりの気迫にぐっと声を詰まらせ、叱られた子供のようにしゅんとした。

「てめェがごちゃごちゃ言おうと関係ねェ。元よりこっちはてめェ連れ出したときから無理やりにでも結婚するつもりなんだから諦めろィ」

「…う、横暴アル」

遠慮がちに、それでも小さく反抗する神楽は無視してゆっくりと抱きしめた。

「さっさと素直になりやがれ」

神楽は自分が幸せを感じていることで、素直に頷くのが癪だった。

「嫌アル」

腕の中に素直にいるくせに尚も反抗的な意中の相手の態度に頬を引き攣らせ、少し躯を離す。

「おい」

「だって!」

「まだなんかあんのかよ」

やれやれといった様子だが沖田は黙って不満を聞くことにした。

「だって4年でこんなにお前がかっこよくなってるなんて思わなかったアル!背も高くなってるし…せっかく私も伸びたのに全然届いてないネ……」

一瞬、沖田は惚ける。
そして嬉しさについつい口が緩んだ。

(そんなこと…男なんだから当たり前だ)

そんな変に負けず嫌いなところも、やはり昔と変わっていない、思わぬ言葉に緩む表情に神楽は気付かなかった。

「そりゃあお互い様でィ。いつの間にかこんな艶やかっつーか…」

「つ、つや…?」

「あァ、綺麗になったってことでィ」

厳密にはちょっと違うけど大体そんな感じだと誤魔化す沖田。

神楽はそれを聞いて頬をさらに朱色に染めた。


「で、他に文句は?」

「………ふん、特になんも」

「そうかィ」

ふわりと神楽を撫で、優しく笑いかけた。

「じゃあ結婚しやす?」

「……」

ここまで来てしまっては仕方ない。
もうどうせ縁談は失敗。

言い訳するように、神楽は沖田と一緒にいられる理由を無意識に探して自分に言い聞かせていた。

「……ま、してやってもいいけど?」

「素直じゃねェの」


神楽は、口では率直には言わないものの、それでも自分からゆっくりと沖田の背に手を伸ばして想いを伝えるように抱きしめた。



Vanishment Emotion



しばらく沖田は神楽の髪をいじくり、それから口を開いた。

「結婚したらエイリアンハンターやめるつもりだったんだろ?」

「なんで知ってるアルか」

「聞いたんでィ、あの見廻組の女から」

「…のぶたすなら言わないと思ったのに、盲点アル」

「じゃあ住む場所がどっかの星から地球になるってことでいいんだよな?」

「うん」

「俺と住むんだな?」

「う、うん。いいの?」

「当たり前ェでさァ。万屋においとくの心配でィ」

「そう?」

「そうなの。…いや、でも夫婦なァ……」

「どうしたアルか?」

「一昨日あの女と遊園地行ったんだろィ?自慢されやした」

「よく知ってるアルな。それが?」

「…俺ら行ったことねェよな」

「は?そこは別に張り合うとこでも…」

「神楽の特別がいいのに、それを女だろうが取られるのは癪だろィ」

「沖田ってそんなにこだわる奴だったっけ…?」

「こだわるだろィ。俺だけのになったってのに」

「む…恥ずかしい奴アル……」

「独占欲過多なんでィ」

「…じゃあ、その、恋人から、ってことアルか?」

「そ、4年前のやり直しも込めてお付き合いからってのは?」

「悪くないネ」

「だろィ。あ、結婚は絶対するから逃げたら許さねェぜィ?」

(まだ根に持ってるアル……)

「逃げる気なんてねーヨ、ばーか」

「幸せにするから」

「……ん」







-------

ミミ様、お待たせいたしました!

とても長くなりました!3話に分けましたがどうでしょうか。

話が飛びに飛ぶので分かりにくかったらすみません。
ノブたすは神楽ちゃんと仲のいい設定。沖田さんが好きとかそういうのではなく、神楽ちゃんの真意を知りたくて揺さぶってみただけなんです…
お妙さんは結婚してそうだけどあえて触れませんでした。ご想像にお任せします。

ミミ様はすごく内容をおっしゃっておりましたのでとても書きやすかったです!
しかし期待に応えられたか…
加筆、修正は随時承りますので!

リクエスト二つありがとうございました。
今後とも当サイトをよろしくお願いします!







人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -