Vanishment Emotion【中編】


そしてとうとう時間が迫ってきた。

「3日間、お世話になったアル」

「神楽ちゃん…これでいいの?」

「うん。皆との思い出も作れたし、満足ネ」

神楽は荷物を持って立ち上がり、深々と頭を下げた。

「もうあんまり会えなくなるネ…今までありがとう」

「神楽…」

頭を上げて銀時の納得のいっていないような表情に、にっと笑うと手を振って玄関を出ようとする。

「待って、神楽ちゃん」

「姐御?」

「沖田さん、また彼女と別れたらしいの。付き合っては別れての繰り返し。きっと……」

「姐御」

神楽のどこか寂しそうなのに、その瞳には一点の曇りもなく、お妙は自分ではどうしようもないことを悟った。

「沖田とは…もう終わったことアル」

だがお妙は気になっていた。

本当に気になっていないのなら、会いにも行ける筈なのではないかと。

ここまで頑なに会いたがらないのは神楽が気丈にふるまっているだけなのだということを。

「…ハゲはここら辺にいるのか?」

「え?うーん…多分近くに泊まってるアルヨ」

「一緒に行くのか?」

「ううん、今日は顔合わせみたいなのだからお互い一対一ネ」

「そうか」

どうしてそのようなことを聞くのか神楽には図りかねたが、さして気にしなかった。

「じゃあネ!」


元気よく飛び出した神楽を見送った後、がらがら、と戸が閉まると銀時は後ろの二人に口を開く。

「ハゲ探すぞ」

「へ?どうしてですか?」

「縁談を遅らせてもらう」

「そんなことしても…」

二人は悲しそうに眉を顰めたが、銀時は諦めてはいないようであった。

「あんな様子じゃ心配だろ」

「ホテル何処か分からないし…」

「しらみつぶしに当たるしかね「俺ならここにいるぞ」

「!」

玄関にはいつの間にか海坊主の姿があった。

「久しぶりだな、ハゲ」

「ハゲてねぇ」

「今日ヅラかぶってねぇぞ」

「そんなことどうでもいいですって!」

終わりのない攻防に、新八は割って入る。

「海坊主さん!神楽ちゃんをどうにか…」

「……」

「私からもお願いします」

新八とお妙の真剣に頭を下げている様子に、海坊主は暗い表情を色濃く表した。

「遅らせてなんになる」

「それは…!」

「これはあいつが決めたことなんだ。俺に遅らせることは…」

「まぁよ。俺らじゃ無理だけどよー?一人いるんだよなぁ、神楽の本音が聞けそうな奴が」

銀時はにやりと笑った。
そのあまりに自信満々であるさまを見て流石の海坊主もたじろいだ。

「だからよぉ、遅らしてくんね?」

「……」

やはり、海坊主は首を振った。

「神楽の意志に俺は従う」

「…そうか」

銀時があっさりと引いたことに新八は驚いた。

「そんな…!!」

「まぁ待て、新八」

しかし、どうやら銀時にはまだ何かあることを察して新八は引き下がる。

「じゃあ何処で縁談あるか教えてくれや」

「!」

「神楽は俺たちには教えてくれなかった。それほどまでに意志は固いということだろうよ。だがそれでもわずかに迷いがあることは父親のアンタが一番分かってんだろ?」

海坊主は迷った。
場所を教えることははたして裏切りにならないのか。
娘を信じることができないと勘違いされるのではないか。

銀時は、そんな海坊主の気持ちをすぐに察知した。

「神楽に本当に迷いがねぇんなら縁談は成立。神楽だってそのまま貫き通す頑固者だ。そういう奴だろ、アンタの娘は」

海坊主は、ふっ、と薄く笑みをつくった。

神楽に迷いがないと言うのなら試してみろ、と。
この男はある意味で挑発していることは理解できた。

当たり前のことを他人の男から諭され、完全に負けを認めたのだ。

(神楽、お前はお前の行きたいように道を選べ)


「いいだろう。場所は……」





同時刻、公園にて。
そこへある女が向かっていた。


「…ハァー」

なんだろうねィ、この倦怠感…
何もしたくねェ…サボることも面倒くせェ…

曇った空を見て、それからまた溜め息を吐きたくなる。


また女と別れちまったねィ。
先日の女は中でもトップにウザかったな。

どの女もうんざりすらァ。

…なんて、ホントはもっと他に原因があるってことは分かってる。


あの女が宇宙に行ってもう4年。


当時、確か俺からの告白で付き合った。
だがチャイナは付き合うということをよく分かっていなかったのか、俺よりも旦那にべったり。

一緒にいる時間は増えたが、とてもアイツが俺を好きだとは感じられなかった。

別れたのは本気だったけど、心の片隅ではチャイナも俺を好きになって、またちゃんと付き合いなおすと楽観視していた。


現実は、俺が気がついた頃にはチャイナは地球を出た後だった。
聞いた瞬間、目の前が真っ暗になって何も考えられなかった。


俺から別れたくせに…
ふとした瞬間にちらつくんだ。

アイツの笑顔も、泣き顔も、全部何もかも忘れられない。

その瞬間、俺の隣を見ると……
あの女がいないことにとてつもない絶望感を覚えるのだ。

それでも女をつくるのは、アイツを忘れたかった。またそれほどまでに好ける女がいるかもしれないと思った。

でも実際は逆効果。
別の女で代替すればするほどに…
アイツが恋しくなる。

辟易する程の悪循環ってやつだ。


今だってそうだ。
俺が毎日毎日こんなにも足繁く公園に通うのだって。
チャイナがひょっこり帰ってくるんじゃないかって。
いつまでも女々しく、藁にも縋る想いで。

なァ、チャイナ…
てめェはもう帰ってこねェのかよ。


顔を手で覆い、項垂れていると、殺気を感じながら誰かが近付いてるのが分かった。

「お前」

久しく見た顔だ。確か、今井信女とかなんとか。

「なんでィ」

コイツが話しかけてくるなぞロクなことがないに違いない。
鬱々とした気分もあって非常に面倒な相手である。さっさと帰って欲しい。


「今、神楽ちゃんがここに帰ってきてる」


…は?

思わず今井を凝視した。

「…俺なんも聞いてねェ」

「言ってない」

コイツはこんな馬鹿みたいな冗談はつかないだろう。確かにチャイナとは仲良かったみてェだし。
冗談だったら殺してやらァ。

「どういうことでィ」

「ここにお見合いで来てるのよ」

……おみあい?
じゃあ、チャイナはもう、俺とは…

ぐっと唇を噛む。

「はやく行きなさい」

「行けったって…チャイナはもう覚悟決めてんだろ?」

もう俺のことなんかさっさと忘れて他の男と結婚しようとしている。
その事実がどうしようもなく、腹が立ち、また泣きたい程に悔しい。

「…今の神楽ちゃん、見てられない」

「…は?」

「大人になってもあの子は感情が出やすいのか変わらない。見てたら分かる。必死に忘れようとしてる」

何のこと、とまで言わないまでも伝わってしまった。

「…それでもチャイナはもう決めたこ」

最後まで言えなかった。

パチン、と今井の手が俺の頬を鞭打ったからだ。

「いいからさっさと行け」

殺気に後押しされるなんて思わなかった。


立ち上がり、覚悟する。

そうか、簡単なことだった。


もう迷わねェ。
ここに来たってことは俺の狩猟範囲に入ってきたってことだ。
それがどういうことか…思い知らせてやらァ。
例えチャイナがなんと言おうとも、もう絶対逃がしはしない。

それでいい。

「場所はターミナル近くの旅館の一室」

携帯を操作しながら担々と答えた。
旅館っていってもそんなにあるわけじゃない。
大体の目星はついた。

「分かった、行ってくらァ」

神楽、てめェも覚悟しとけよなァ…



*****



縁談が行われる一室の襖の前で、神楽はゆっくりと深呼吸する。

面白い人だったらいいな、と片隅に思いながら襖に手をかけた。

「失礼します」

やはりすでに相手はいた。
写真通りの整った容姿に、神楽は上品でなんとなく優しそうだという印象を受けた。

その人はにっこりと笑った。

「神楽さん、ですよね?初めまして」

「は、初めまして!」

慌てて頭を下げて襖を閉める。

「さぁさぁ、はやく座ってください」

「はい!」

神楽は初めてのお見合いなるものに緊張していた。
行動に落ち着きがない。

「改めまして李柏です」

「か、神楽です」

明らかに慣れていない姿が見て取れる神楽に、李柏はくすりと笑った。

「神楽さんは写真で見たより綺麗ですね」

「いえ、そんな…李柏さんこそ、その、かっこいいと思いますヨ」

失礼のないように慎重に言葉を選んだ。


李柏は慣れたもので、そんな神楽をリードしつつ話を弾ませる。

李柏は聞き上手でもあり話し上手でもあり、いつの間にか緊張を和らげ、縁談の中で神楽もくすくすと自然と笑えるようにまでなった。







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