没落姫と旅路の終わり【中編】
作りたての紅茶を彼に渡す。
「あったまるヨ」
「ありがてェ」
ずず…と啜った。
どこか気難しそうだから飲んでもらえないかもと思ったけどそうじゃないみたい。
「ま、人には一つや二つ言いたくないこともあるネ。無理に言わなくていいアル」
「すまねェ」
「でも街に行ったら捕まるんデショ?」
「…あァ」
「なら好きなだけここにいてもいいアルヨ?」
「……いいのかィ?」
「うん。あ、でもお前はなんか急いでるんだっけ?」
「あァ、いいんでィ。どうやら探し物はここのすぐ近くにあるようでさァ」
一旦紅茶を啜って、カップから離したこの人は困ったように笑っていた。
「それにしては嬉しくなさそうネ」
「まだ、見つかりそうにねェようだからねィ」
「ふーん…ま、ここにいることは決定ナ!私も寂しかったアル!」
「え?」
「私ここに一人で住んでるのヨ」
目を丸くして、部屋をぐるりと見渡す。
「この広い家にかィ?」
「うん、ここは親が残してくれた家…というか元々別荘だったアル。二人とも死んじゃって、私は一人で住んでるネ」
「…神ってやつは無慈悲だねィ」
いいんだ、もう辛くはない。
でも今のこの人の言葉にはどこか別の意味も含まれているような気がした。
「そうだネ。まあ神様を恨みがましく思った時もあったけど、もう過ぎたことアル!」
「………」
あ、そういえば。
名前聞いてなくて不便だナ。
「ところでお前、名前は?」
「沖田総悟でィ」
「ふむ。総悟アルな?よろしくアル」
総悟はなぜか嬉しそうにへにゃりと笑った。
そんな表情にどきっと心臓が跳ねる。
「よろしく」
少しの間だけでも一人じゃなくなる。
それが妙に嬉しくて、わくわくするのが止まらなかった。
*****
総悟がここに来てから2週間が経った。
まだ探し物は見つからないそうだ。
何か力になれないかとそれがどんなものか聞いてみたけど、頑なに首を横にふるばかりなので、あまり深くは聞かないことにしている。
「総悟、お前坊ちゃんダロ?」
「へ?」
「お金けっこう持ってるみたいだし?庶民暮らしには慣れてるみたいだけどところどころに貴族っぽい感じが出てるネ!」
「よく分かったねィ」
「ふふん、これでも元貴族アルからナ!」
総悟は驚いた顔をした。
「そうだったのかィ?」
「そっか、言ってなかったっけ。うん、昔ネ」
総悟は、同情というよりは自分のことのように、とてもとても悲しそうな顔をした。
言い表せれない複雑な表情。
「総悟、聞かないようにしてくれてたデショ?」
「…聞いても、いいかィ?」
「うん」
もう乗り越えたことだし、というより私はむしろ人に話した方がスッキリするたちだ。
紅茶とスコーンを片手に私たちは話してた。
なんともないという風に。
「…パピーマミーも、どうして私を連れていかなかったのかって思ったこともあるアル。追いかけようともしたけど…でもネ、やっぱり生きたかった」
「……」
「あ、ごめんアル!長々と語っちゃって」
「…神楽」
総悟はおもむろに立ち上がったと思うと、向かいの席にいた私に近付いて来た。
「そう…わっ!」
わしゃわしゃーと頭をめちゃくちゃに撫でられて、髪がボサボサになった。
「なにするネ!」
「…神楽、別にいいんだぜィ。辛い時は泣いても」
「え?」
「泣いてるみてェだけど、お前」
え…?
私はもうそのことは乗り切った筈だ。
「涙なんて出てないヨ?」
「そう見えるって話」
もう、涙なんて出ないと思ってたけど…
「虚勢張らなくたって、いいんだぜィ」
ぽろぽろ、と自然と涙が溢れた。
ぎゅっと総悟にしがみついて泣いた。
なにが悲しいのかも分からない、いや多分、総悟の言葉が嬉しかったんだ。
どうしてだろう、総悟には不思議な暖かさ、安心感がある。
「…落ち着いた?」
「うん…」
ぐずぐずと啜りながらこくこくと頷く。
「なァ、神楽…」
総悟が何か言いたげに私を見つめたと同時に玄関の扉が開いた。
「神楽ちゃ、ん……」
なお…
慌てて総悟から離れて、尚に駆け寄った。
「どうしたアルか?」
「え、と…今日少し立ち寄っただけなんだ。遠出したから神楽ちゃんにお土産あげたくて」
はい、と袋を渡され、受け取る。
私が好きな街の特産品だった。
「おぉ!ありがとアル!!」
「神楽ちゃん、それ好きでしょ?」
「うん!」
「よかった」
笑顔で微笑んだ後、私の後方に目をやる。
「そちらの方は?」
「あ、えっとネ。今ちょっとここら辺に用事があるらしくてうちに泊まってる、総悟っていうネ」
総悟が近付いてきた。
にっこりと笑って手を差し伸べる。
「沖田総悟でさァ。よろしく」
「お、沖田…あ、本郷尚です。よろしくお願いします」
尚も手を出して、固く握手をした。
なぜだろうか、総悟は笑顔なはずなのに、怖い気がするのは。
尚も若干戸惑っている。
首を傾げていると尚は従者さんの方へ向かった。
「じゃあね、神楽ちゃん。また」
尚は手を振って馬車へ乗り込んだ。
「またネー!」
私の声が聞こえたかくらいで馬車は走っていった。
尚から貰ったものをキッチンに置いておく。
「…神楽」
「ん?」
「今の男、どういう関係でさァ?」
尚のことだよネ。
あれ、総悟機嫌悪い?
「尚は私の幼馴染アルヨ」
「…それだけ?」
「え、えと…こ、婚約者、かナ?」
ホントまだ決まってないけどそうなると思う、うん。
「…神楽」
「え?わっ」
とんと壁に追いやられて周りを総悟が囲っていた。
「総悟…?」
ちらっと頭一つ分上にある総悟の顔を見上げる。
総悟は、唇を噛んで、なんだか怒っているような、悲しそうな、よく分からない表情だった。
「は、離してヨ。どうしたアルか?」
居心地が悪くてすぐに下を向いて口を開く。
「…結婚なんてやめちまえ」
え…?
どうして総悟がそんなことを…
呆然としていると、総悟は私の顎を掴んでぐいっと上を向かせた。
「神楽、こっち見ろ」
「そ、そうご…」
じっと見つめてくる紅色の瞳から目を逸らしたくても逸らせない。
「総悟、どうし…」
その先を言うのに、思わず口がつぐんでしまった。
だって総悟が私を強く強く抱きしめるから…
ごくりと息を飲んだ。
「神楽、好きだ…」
「えっ!?」
すぐさま顔が火照った。
なんでこんなに嬉しいアルか…
「結婚すんなら俺としろィ」
「なぁっ…!?」
そうか…
私も、総悟のことが…?
次の瞬間、ふっと尚が私の頭を過る。
「…駄目アル。私は、尚を裏切れない、アル……」
一時の感情には応えられない。
私には尚がいるのだから…
「…なら、仕方ねェ」
はぁ…とゆっくり息を吐いた総悟は、まるで決意をしたかのような眼差しだ。
「え?」
総悟は自分の腰に手を伸ばして、何かを抜き取って私に渡した。
「これって、ナイフ…?」
私に鞘に入った綺麗な銀のナイフをまじまじと見る。
そして、鞘を引き抜いた。
「なんか、これ………?」
見たことあるような…
そう思った瞬間、酷い頭痛に見舞われた。
「っ…!?」
痛みに耐えきれず、ナイフを握ったままずるずると腰を下ろす。
「な、んか…」
頭がぐちゃぐちゃになる
それから、もやもやしたものが段々と形作られているようで…
「う…」
「おい、大丈夫か!?」
瞬間、私の知らない風景がフラッシュバックした。
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