没落姫と旅路の終わり【前編】

※設定は多分中世の西洋くらい。






物心ついた時から、ふとした時に心に変な蟠りがある。

でもそれがなにか分からなくて、知りたくても記憶は曖昧で。
というか、ずっと残り続ける蟠りの原因に全く心当たりがないのに。




10歳の頃。

私の家がどんどん追い込まれて行く。と、いうのも、信頼していた部下の人からの裏切りが原因だったそうだ。

幸せで裕福だった生活はいつの間にか180度一変した。

それでも家族がいたらよかった。

なのに二人とも私を置いて遠くにいってしまったのだ。
届かない程遠くへ。

どうやって生きていけばいいんだろう。

頼れる親戚もいない。
もちろん周りも助けてはくれない。堕ちた貴族に用なんかあるはずもない。


私も両親の下に向かおうと思ったそんな時にも、またなにか胸に刺さるような息苦しさ。

今の状況とは関係ないのに、不自然につっかえているもの。

あのよく分からない蟠りだった。

それが何か知りたいという欲求は不自然なまでに昂ぶって、私に死ぬことをとどめさせた。

それはとても大切なことで、死んではいけない気がした。
思い出さなければならない気がした。

私が思い出したいのは人……なのかもしれない。



没落姫と旅路の終わり



今日も綺麗で清々しい青空だ。


「神楽ちゃん。じゃあ今日は僕帰るね」

「うん。蜂蜜ありがとアル!」

「いいよいいよ」

「またいつでも来るヨロシ」

「うん、じゃあそうするね?」

この子は尚。
私が随分昔から仲の良かった男の子。
私の家が地に堕ちても独りになった私を支えてくれた。

今もこうやってときどき遠いのに遊びに来てくれる。

「そうだ神楽ちゃん。あの話…考えておいてね」

パタン、と扉を閉めて尚は出ていった。


あの話、というのは。

数日前の16歳の誕生日に私は尚に結婚を申し込まれた。
尚の両親も、なにかと私を気にかけてくれていて、快く承諾してくれているそうだ。


尚の家は今も貴族の中でもトップの家柄。

17歳になっていろいろと忙しくなったのだろう。

仕方ないけれど、会う時間が少なくなって寂しいな…
と思うことはよくあった。

尚は人柄が好きだと、こんな私に結婚を申し込んでくれた。

そうか。私は尚が好きなんだ。

もちろんプロポーズも受けようと返事をしようとした…

でもなにか引っかかった。
とりあえず時間を欲しいと返しておいて保留にしたまま。

結婚していいのだろうか。
もちろん嬉しかったし、恩も返していきたいと思っている。


でも私は…
誰かを待たなければならないんだっけ?

…いや、ただの勘違いなのかもしれない。

もう、昔ほどよく覚えてない。
子どもの時のなにかの影響かも。

曖昧すぎて思い出せない、けれど何かがあったような。


ずっと数日間考え続けてる。
どうして尚と結婚したいと思わないの?

…一旦、やめよう。

そうだ、もうそろそろ木の実が切れそうだ。
気分転換も兼ねて取りに行こうか。

バスケットを手に取りブーツを履いて
颯爽と家を出た。




まあお金がないわけじゃない。両親が隠し持っていた遺産は無事残っていたから。

でも有限なわけだし。
私の為に残してくれたものを贅沢に使う訳にはいかない。


慣れた森だ。
迷うことはほとんどなくなった。

獰猛な獣もいないから、さっさといつもの大きな木へと向かう。

木陰が心地いい。
けっこうここが好きだったりする。


目当ての木と、また違うものが目に入った。

ん?

茂みの中から少し何かが見えた。

人、のなんだろう。
何かが茂みからちらりと見える程度でよく分からない。

駆け寄ってみると幹にもたれ、ぐったりしている男の人がいた。

意識を失ってる?

「だ、大丈夫アルか!?」



*****



「…う……」

うめき声が聞こえた。
慌てて駆け寄るとゆっくりと瞼が開かれる。

「お前大丈夫アルか?倒れてたアルヨ?大したことはなさそうだけど…」

「…。あァ、すまねェ。すぐ出ていく」

亜麻色の髪がさらりと揺れ、せっかくの綺麗な顔を青ざめさせ眉間に皺を寄せている様は明らかに具合が悪いことを物語っている。

「おい、ちょっとは安静にしてるヨロシ」

「俺には時間が惜し……」

私の顔を見て、ピタリと動きを止めた。

「な、なんネ?具合悪い?」


よく分からないけど、目を見開いてすごく驚いてるようだ。

「…名前は?」

「え?神楽、だけど」

バッと布団を捲って立ち上がったと思うと、すごい速さで抱きつかれた。

「えっ、えっ!?」

驚いていると力を加えてさらに抱きしめられる。

「やっと…逢えた……見つけた…!」

や、っと…?
どういうこと?
私はこの人に会ったことがあるっけ?

「そういえば声もそのままだねィ」

それはそれは愛おしくてたまらないといった、慈しむような表情で私の頭を撫でた。

とくん、と胸が波打つ。

見覚えがない…ような。
懐かしい、ような。
曖昧に変な気分。既視感、というだけだろうか。


「…?私はあなたに会ったことなんてないアルヨ」

「…え」


そう言った瞬間、この人は一転驚いたような顔をしたかと思うと落胆しているようだった。


「人違いじゃ…?」

「…そうかィ」

すっと私から離れた。
どうやら人を違えていたらしい。

「大丈夫ネ?」

「あァ…全く問題ないでさァ」

じゃあどうしてそんなに辛そうな顔してんだヨ。

…聞いてはいけない気がした。

「お前、なんであそこに倒れてたアルか?」

「実は追われててねィ」

「なんで?」

「………」

ゆっくりとベッドに腰掛けた。

「とりあえず下降りるネ。なんか飲むヨロシ」

腕を引っ張って、半ば強引に下へと向かわる。







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