遠回りの恋愛事情【後編】


やはり面白くない思いが続いたが、さっきのように不安にもさせたくなかった。

できる限り普段通りのように振る舞い、なんとかショッピングモールの中の映画館へと辿り着いた。

「時間には十分間に合ってるねィ」

「そういえば、何見るアルか?」

そこを気にしていなかったなんて、相当だ。

「………でィ」

「!ま、マジアルか!!?」

「前見たいって言ってたろィ?」

「よく覚えてたナ!」

「ま、まァ…そりゃあ……」

何かごにょごにょ言っているがそんなことよりも私のテンションは上がっていた。

「いいセンスしてるアル!」

「喜んでもらえてなにより」

時間を確認すると、沖田の言う通り少しだけ余裕があるようだ。

「何か買う?」

「ポップコーン!ポップコーンのキャラメル味がいいアル!!」

「はいはい」

「え、いいの?」

「なんでィ。てめェが言ったんだろィ」

全然つかかってこない。
いつもなら何でもないことなのに喧嘩売ってくるから。

「そうだけど」

「じゃあそういうことでィ」

私がよく分からないまま、沖田はすたすたと買いに行ってしまった。

う、うん…
まぁ沖田は何でもいいってことだろう。


「映画館の醍醐味も揃ったことだしもう中に行っとくかィ?」

「そうアルな」


えーっと、2番シアターの座席が……

館内に入り、一生懸命に座席に目を凝らしていたが、沖田は私の手を引っ張り、なんとも簡単に辿り着いた。

「あ、ありがと」

「てめェが遅ェんでィ」

よく知ってるなーと感心する。

手を掴まれた瞬間ドキッとしたことは頭から追い出して。

「あ、そういえばポップコーン代出してないネ。何円だったアルか?」

「は?いいっつの、そんなん」

「え。こういう時は割り勘ダロ?」

「だからいいって。…俺から誘ったんだし」

あ、自分の練習だから、ってことか。
納得して、そっか、と引き下がる。


他愛のない話に変わり、それからそうこうしているうちに映画の上映が始まった。




「はーっ!面白かったアル!」

「だねィ」

「主人公がかっこよかったネ!」

「…そうだねィ」


実は映画館は久しぶりで、金欠だったからそんな余裕もなかったけど。
映画代も沖田の奢り。

「沖田」

「なんでィ」

「ありがとナ!」

相手が相手だけに言いにくいが、できる限りの感謝を伝えると、失礼にも沖田は目を見開いて固まった。

「沖田?」

くいっと袖を引っ張るとバッと後ろを向いてしまった。

「ち、ちょっと喉渇いたなァ!飲み物買ってくるから待ってろィ」

「え、ちょ…」

いきなり私の静止も無視して走って行ってしまった。


何だったんだろう。
なんとなく、顔が赤かった、ような…

そこで、ふとハッとなった。


自分が本気で楽しんでることに。

そっか、これ、練習だっけ……
本当の彼女の。

笑顔が見れて、女の子扱いしてもらって、優しくされて、喜んでた。楽しんで浮かれてた。

でもそれは全部私に向けたものじゃなくて。


私は、沖田のことが…
好き、なんだ


…帰ろう
もうこんなの耐えられない。

沖田が視界にいないことを確認して、小走りに人だかりの中を離れた。


夢中で走って、しばらくして気付いた足の痛み。
思ったより大きくて、噴水の近くのベンチに腰掛ける。

足を見たら赤くなっていた。
慣れないヒールを履いたせいだ。

あいつからしたらただの練習なのに、こんなに浮かれて、頑張ってお洒落して。
深い意味なんてないのに。


足を抱えてポロポロと涙を零していると声をかけられた。

「君、可愛いねぇ。泣いてるの?」

いかにもチャラチャラした感じの格好をしている男が二人。

「?何か用アルか」

「男にフられた?俺らが慰めてやろっか?」

「そうそう、奢るよ」

所謂ナンパ、というやつだろうか。

「いい……」

「遠慮しないでよー」

今はそんな気分じゃない。だからといって追い払う気力もない。

近付いてきた手をボーッと眺めていると突然視界の端からナンパ男の腕をひねりあげる人物が現れ、ハッと覚醒した。

「いっ、いたたたた…!な、なんだよお前!」

「そいつは俺の連れでィ。手ェ出しやがったら殺しやす」

反論しようとするナンパ男たちも、沖田の鋭い眼光に、あっさりと去ってしまった。

「チャイナ、動くなって言ったろィ!」

ずんずんと近付いてきた沖田はしゃがみ込み、私の足をそっと掴んだ。

「怪我してんじゃねェかィ…」

ハァ、とため息をついて私を見つめた。

「いねェから焦っただろィ。痛かったんならちゃんと言えって」

「……」

怒ってる。
そりゃそうだ。勝手に厄介なことをしたのだから。

「挙句にナンパなんかされやがって。ちったァ……チャイナ?」

さっき泣いたばかりだから、泣きやすくなっているのか俯いて隠そうにも大粒の涙は沖田に気付かれてしまった。

「な、なに泣いてんでィ。そんなに痛ェの?」

「…ごめんなさい」

「え」

「れ、練習相手なのに面倒でごめんアル………」

拭っても拭っても涙は止まらなくて、非常にいたたまれない。
さらに面倒な女になってしまうのに。

「練習…?」

「っ……で、でも、あの女の子ならデートに慣れて、そうだしっ、だ、大丈夫「待て待て待て。何のこと?」

「だから、お前の彼女、」

「誰?」

「へ?」

「彼女?」

この後に及んでしらをきるらしい。
私が知らないとでも思っているのか。

「全部知ってるアル!お前が可愛い女の子と付き合いだしたこと。誰かは知らないけど…」

これ以上言わせないで…

「もう帰る…」

立ち上がろうとしたら、また遮られるように肩を抑えられてできなかった。

「違ェって」

私が言葉を発する前に沖田が口を開いた。

「な、なんだヨ」

「それ、誤解でさァ」

「どこをどう誤解してるって言うアルかぁ……」

「根本から全部でさァ」

涙目だけど精一杯睨みつけると焦ったように目を逸らした。

ほら、やっぱり。

「怪しいネ」

「だから、俺ァ付き合ってねェから彼女もいねェし…だから泣き止めって」

「じゃあ練習ってなんなんだヨ!!」

うぐっとあからさまに言葉を詰まらせて顔を赤らめた。

首を傾げる。

「それは、その…」

「うん」

「…勢いでィ」

「どんな勢いアルかー!!」

涙も止まって、下手な嘘にうがーっと吠える。

「嘘じゃねェって!勢いっつか…てめェが『はぁ?』って言うのが悪いんだろィ!」

「私のせいアルか!意味わかんないネ!」

「そのせいで俺の自信が萎えちまったんでィ。責任取って俺の彼女になりやがれ!」

「ドSのくせにヘタレなのが原因………え?」

言い返そうとしたが改めて沖田の言ったことを思い返して少々おかしなところがあることに気付いた。

「あの女は断ったし、そもそも名前も知らなけりゃ顔も覚えてねェよ」

やっと自分が誤解をしていたことに納得した、ていうかそれどころじゃなくて呆然と沖田の顔を見つめた。

「神楽…」

「へうっ!?」

「俺はお前のことが……」

「ちょちょちょ!」

どうせなら罵声でも浴びせまくって帰ろうとしたのに、まさかの展開にうまく言葉が出ない。

「私もう帰る!」

足も痛いし、と心の中でも必死な言い訳をしながら立ち上がるけど、痛みで少しふらついた。

「けっこう痛そうじゃねェかィ」

「そんなことないアル!足が痺れてただけネ!」

「嘘つくんじゃねェよ」

突然、軽々と抱え上げられた。
所謂…お姫さま………

「ぎゃあああああああっ!」

「うるせェなァ」

「降ろせヨ!!」

「怪我人は黙ってろィ」

だってこんな…!
人は少ないとはいえ恥ずかしい!

「あ、歩けるから…」

「黙らねェと口、塞いじまうぜィ」

う。
意地でも離さないつもりらしい。
大人しくして早く済む方がいいかもしれない。

「…分かったアル。でも、その、せめて肩を貸してくれるくらいで」

「駄目」

「じゃあおんぶにするヨロシ…」

沖田は立ち止まり、面倒くさそうに私を一旦降ろした。

「やっぱ肩貸せヨ」

「だから駄目。悪化したらどうすんでィ」

「たかが靴擦れで大袈裟アル」

渋々、屈んでいる沖田の背中に躯を乗せた。
いとも簡単に持ち上がるのがなんとも悔しい。

「可愛い彼女を大切にして何が悪ィんでィ」

さらっと言ったことに赤面するが、よくよく考えてすぐさま反論する。

「ちょ、まだ付き合うって決めたわけじゃ…!!」

「神楽」

おんぶされてるから表情は分からないけど耳は真っ赤で、なんとなく沖田は真剣であることが伺えて私は黙った。

「さっき言ったこと、全部本当でィ。てめェのことは大切にする。だから…付き合ってくれねェかィ?」

沖田の背中にぎゅっとしがみつき、顔を埋めてポツリと呟く。

「……考えとくアル」



遠回りの恋愛事情



(…いや、そこはYESだろィ)

(うるさいアル!まだ付き合うのを決めたわけじゃないネ!)

(なんだそりゃ。俺のこと好きなくせに)

(うううう、うるさい!自意識過剰ネ!ちょっと整理したいアル…)

(まァ時間の問題かねィ)







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浮かれてる沖田くんと気乗りしない神楽ちゃんが書いてて楽しかったです。
どうしてタイミングが悪かったのかというと、まあ告白されたことによって感化されたという理由は考えていたんですがそこの説明はカットしました。

ここまで長く運営できているのもまかり様含め、皆様の応援あってのことです。お祝いのお言葉恐縮です。
リクエストが長いなんてことはありませんでしたよ!むしろ長い方が嬉しかったり。
これからもできるだけ更新をはやくしていこうと思います。リクエストありがとうございました。








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