遠回りの恋愛事情【前編】
今日も今日とて平和だった。
「あーッ!お前また私の弁当食ったナ!?」
「馬鹿でけェくせにケチケチすんなィ」
「お前は私の胃を舐めてるアルか!?」
「いや、女が食う量じゃねェだろ。太るぞ」
「余計なお世話ネ!」
神楽は飛び掛かり、拳を振り下ろした。
それが喧嘩の合図かというように周りの者の制止も虚しくはた迷惑な戦闘が、教室では繰り広げられるのであった。
「全く…今日は特にお腹空いたアル!あのアホのせいで」
沖田はいつもいつも弁当や酢こんぶを勝手に食ったりと何かと私の癪に触ることをしてくる。
余程私のことが嫌いなのだろうが少々度が過ぎているのではなかろうか。
「そんなに気に入らないことしたかナ…」
まぁ好かれたいわけじゃないんだけど。
今の関係には慣れたし。
校舎を出ようと靴を履き、少し外に出たところで微かに女の子の声が聞こえる。
緊張したように震えているものだから、聞こえる場所も考えると告白だというのはすぐにピンときた。
よくないことだとはわかってるけど興味が湧いてこっそりとそちらの方へと方向転換した。
「好きです、付き合ってください!」
その告白している子はやたら可愛いかった。おとなしそうな感じで、守ってあげたいような雰囲気がある。
これは大抵の男はOKしてしまうだろう。
でも、すぐにそれどころではなくなった。
「!」
相手は天敵、沖田総悟。
後ろ姿しか見えないので表情は分からないがきっと喜んでいるんだ。
次の瞬間には、私はその場を後にしていた。
ふらふらと学校を離れて、ふと我に返ると心臓が締め付けられるように痛い。
なんで……
きっと奴も彼女の告白に頷く。
好み以前奴が言っていたものと合ってるし。
そう思うとより一層胸が痛くなった。
「何アルか、これ…」
これじゃあまるで私があの男のことを好きみたいで……
ありえない。
きっと、羨ましいだけだ。
そう、私には関係ないことなんだから。
「ま、まぁ?アイツを茶化すにはいいネタだしナ」
別のことに思いを巡らせようと、まず辺りを確認する。丁度目の前にスーパーがあった。
そういえば冷蔵庫には今、食べ物がない。
よし、このままスーパーでも行こう。
幸い財布も持っているわけだし。
気を取り直して、スーパーへと足を踏み入れるのであった。
今日は夕食に何を作ろうかとぼーっと考えながら買い物カゴに手を伸ばす。
と、掴んですぐにひょいっとそのカゴを奪われた。
「っ?」
驚いて、その奪った手の先の人物を見て、さらに飛び上がるほど驚いた。
「お、おおおおおおお沖田!!?」
「よォ」
「えええ!?お前もスーパーに?」
「いや?てめェの姿が見えたから追っかけたんでィ」
「へ?」
「カゴ、持ってやらァ」
ポカーンと突っ立っていると沖田が催促するから私に言っていたのだと再認識して慌てて追いかける。
「一体どういう風の吹きまわしアルか?わざわざ」
「そういう気分なんでィ」
「答えになってないネ」
よく見たらなんとなく、いつもより機嫌がいい…気がする。
…あぁ、そうか。
可愛い子を彼女にできたからナ。
苛立ってて、ついつい嫌味が出てしまう。
「こーんな場面見られたらお終いヨ」
「? 何の話でさァ」
「べっつにぃ」
嬉しすぎて、嫌いな私にすら親切にできるってか。
「なァ、チャイナ」
「あん?」
「今週の日曜、空いてねェかィ?」
なんだ、いきなり。
一転、沖田は落ち着かないようにそわそわとし始めた。
「まぁ空いてるけど」
「ちょいと付き合ってくれねェかィ?」
「何に」
「あー………デート」
「はぁ?」
「…の練習」
……なるほど。
彼女とのデートの前にまず練習がしたい、ということか。
女の子が群がっていても飄々としてるくせに。
「なんで私が」
「勿論奢りでさァ」
それでもどうしても乗り気にはなれない。
でもここで断るのはなぜか負けた気がした。
「…分かったアル。奢りだからナ」
「そうこなくっちゃねィ」
いつもの意地の悪いのとは違う、純粋に嬉しそうな表情。
私には何も関係ないのに、どうしてこんなにイライラするのか、考えたくもなかった。
雨だったらまだ断りようもあったものの、広がる青空が恨めしい。
だけどなんだかんだ言ってうきうきしてる自分もいるから複雑。
ちゃんと時間通りには用意をして、そろそろ出ようと思って玄関のドアを開けた瞬間。
「いてっ」
「え!?」
がつ、と誰かにぶつかった。
確かに安いマンションだけど、ドアを開けると通行人の邪魔になるまで細い通路ではない。
というか、今の声。
「沖田?」
「おはようごぜェやす」
「おはようございます…じゃねぇヨ。なんでここに…」
「チャイナ迷いそうだなと思って」
「馬鹿にしてんのカ」
「まァまァ」
悪態をついたようでもないようでさらりと流された。
移動中も終始機嫌が良かった沖田。
会話も途切れることなく弾んだ。
どう見ても舞い上がっているその姿が、やっぱり気に食わない。
「…ねぇ、どこに行くネ」
「ん?」
「まさか誘っておいて行くところ決めてないんじゃないだろうナ?」
「あー…映画でも行こうかなって」
「えらく普通ネ」
何処だろうと素直に喜べない。
面白くない。
他人の幸せを喜べない程、私は捻くれていたのだろうか。
「チャイナ」
「ん?」
「なんかいつもより元気なくね?」
「そんなことないネ」
「おとなしいし」
「考えすぎ」
「チャイナ」
呼ばれて、振り返ったら沖田は不安そうにしていて、なんだかどきりとした。
「つまんねェ?」
「そ、そんなんじゃないアル。起きたばかりのテンションはこんな感じネ」
「そうかィ」
沖田はホッとしたように緩くふわりと笑った。
…なんで必死に弁明してるんだろ。
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