「大丈夫かィ」


差し伸べた手をパシリ、と叩き、拒否の意を示す。

先輩が驚くのも無視して自分が思っていることが全部止まらない。


「嘘アル絶対!どーせそんなこと言って丸めこめてるつもりなんダロ、この浮気男ーッ!これだから女慣れしてる男は嫌ネ、次はちゃんとした人と付き合うアル!もう下手な言い訳はいいからうらら先輩のとこにでも何処へでも行くヨロシ!」


言い終わると目から涙がポロポロ零れて袖で強く拭っても止められない。

「ふっ…ひぐっ、うわぁああん」

もう開き直って思いっきり泣いてやる。

呆れて出てけばいいネ!


と思って泣いていても物音一つしやしない。


あれ、もう出てった?

見ると今の状態的に見れるところが限られてるけど足があるところからまだいる

「何してるアルか、ひっく…面倒デショ?ふぇ…先輩は女の子なんて選り取り見取り、アル。友達も噂とかよく聞くもん……ひっ、ひっく…」

ようやく落ち着いてきた。

何回か深呼吸していると口元を覆っていた手が引っ張られ、強制的に立たされた。


まだ何かあるのかヨ…

もう、結構アル。
そっちが出ていかないなら私が出て行く…


「っ痛い!」


手首を骨が軋む音が出そうな程に強く手首を握られた。

「こっち見ろ」

声がさっきより数段低くて、背筋が強張った。涙がぴたりと止まって思わず先輩を見つめる。


「証拠もないくせによくもまァそこまで言えたもんですねィ?」

「…違うんですか?」

「だからそう言ってんじゃねェかィ」

イライラが言葉の端から滲み出している。

「そうやって別れたいのか知らねェが、俺は絶対ェ了承しねェから。それだけは覚えてろ」

「え、」

「なんでそんな拒むんでィ。言えよ」

「……だって、私と先輩じゃあ似合わないネ」


俯きながら、制服の裾を握り締める。
自分で言うと、すごく惨じめで。

…また泣きそう。

「…そんな、くだらねェことかよ」

しかし先輩の言い方はまるで馬鹿にしたようだった。

「くだらなくなんかッ「くだらねェなァ!そんな理由で別れたがってたのかよ?俺の気持ちは完全に無視?」

「私は本気で悩んだアル」

「そりゃこっちの台詞だねィ。そんなに信用なかったってわけだ?」

先輩は自分の綺麗な髪を乱暴にがしがしと掻いた。

「そ、そんなことは…」

「あるだろィ!」

びくっと体が震える
先輩本気で怒ってるんだ…

「そもそもどっちから告ったか考えろよ。専ら告られる側専門のこの俺が告ったつーのに、噂で判別しやがって。遊びなんかじゃなくて本気で惚れてるって分かんねェのかィ!?」

う、嘘嘘嘘!
考えるよりも先に言葉がついて出た。

「嘘アル!だって先輩今は私のこと『神楽』って言ってるけど付き合ってからも『チャイナ』だったネ!」

「それはテメーを『神楽』って呼ぶとすげェ恥ずかしがって俺に見向きもしなくなるからだろィ!」

「…え」

そ、そうだっけ?
あんまり覚えてない…

「っじ、じゃあ!前まですっごい意地悪だったくせに、付き合い初めてから偉く人が変わったアル!女慣れしてるんですよネ!?」

「〜ッだぁぁぁ!!大体分かるだろ!構って欲しくてやってたんでィ!キッカケもねェから!変わったのはその必要がなくなったからでィ!好きな女にゃ優しくしてェだろ誰だって!」

「!!?」

う、あ…
えと、こんな感じになるなんて予想外にも程がある!

私はますます混乱してもはや意地になっていた。

「でもッ…付き合ってからもキスすらしてないから私に魅力ないってことじゃ…」

すると先輩は重い溜め息をついた。

「…こんなに鈍いんですねィ」

「先輩と付き合ったらすぐ……っていうの聞いたネ」

「なんでその他の女とお前ェが同じなんでさァ!」

「うぇ!?」

思わず声が上がってしまった。

「初めて好きになったんでィ…神楽、お前は特別なんでさァ」

「でもっ…」

「大切にしてェんだよ」

「うぅ…」

全部私が悪かったかも。

だって人に流されてばっかで、先輩はちゃんと好きでいてくれた。

「ごめんなさいアル…」

「次は俺の番」

「え?」

先輩も少なからず不満があるのだろうか。

ともかく私はちゃんと聞かなければならない。

「さっき、自分はモテない的なこと言ったねィ?」

「?はい、確かに言いましたヨ」

「ハズレ」

何が、と聞く前に先輩は無造作に突っ込んでいたらしいくしゃくしゃの便箋をポケットから取り出した。

え、先輩へのラブレター?

「俺のじゃねェ。神楽へのでさァ」

あ!よく見たら私の名前が!!

「なんで先輩が持ってるネ!?」

「先に靴箱行って没収してんでィ」

「なんで!?」

「そりゃ、他の野郎の告白なんか聞かせたくないから?」

疑問系で言われても…!

それが何を意味するか、私はまだ掴めずにいた。


「俺、神楽に対してだけ独占欲がずっと強いんですよねィ?お前ェただでさえ可愛いのに俺と付き合ってから目立ち始めて狙う輩が増えてたわけ。俺以外の男は全く必要ないんで毎日毎日破ってんだよねィ」


可愛い……

驚く私を他所に、先輩はさらに続ける。

「しつこい奴は俺が自ら現場に向かって粛正すんだけどこれが大変なんでさァ」

なんだろう。

今の先輩の表情や雰囲気から?粛正?という言葉がよく似合う

ついていけなさすぎてぼへーとしていたら、怪しい雰囲気の先輩は私の耳元に顔を寄せた。

「浮気、しやしたよねィ?」

「!!?それって自分ことじゃなくて?」

「するかそんなつまんねェこと。…見たんだぜィ、家の前で抱き合ってんの。確か田中宏太だよな?」

あぁ!

確かに田中君としたの覚えてるけど!

「浮気じゃないアル!そのとき先輩とは一時別れてたし!」

「だから、俺は別れないって言ってただろ」

そっか

あの時も別れてなかった、ということは私は先輩と付き合ってた状態なのに田中君とも…

「ち、違うアル!もう別れたもん!」

しかし私の精一杯の弁解は、最低の墓穴であったのだ。

「『別れた』?つまり付き合ってた?」

「……ぁ。」

い、いぎゃあああああ!
終わったぁ!

「今更外国流のあいさつとかはなし。俺と仮破局中野郎と付き合ってた?」

「…はいアル」

「どこまでした?」

「へ?」

「野郎と何所までいったんでィ」

先輩が`そういう`ことを聞いてるということに気付いた私は顔に熱が集中してすぐに答えることができなかった。


先輩の額に青筋が浮かび、どんどん黒いオーラが増していく。

「おい…俺にくれる筈だった初めても浮気でなくしたわけじゃねェよなァ」

「逆に初めてって面倒って聞いたアル!ていうか初めてとか先輩たくさん貰ってるはずネ!」

「は、したわけ!?本当に俺じゃなく別の野郎にあげたのかィ?」

「いやいやいや!してない、してないアル!」

「本当か?」

急いで必死にこくこくと上下に顔を上下に振るう。

これ以上問題は増やしたくない。

「…でもま、浮気してたという事実は変わらねェけど」

「うー…ごめんなさいアル、ヤケになってたネ!」

抱き締めようと思ったけど、まだそんな勇気なかった。


でも精一杯伝えなければならない。
全部私が悪かったというのは分かっている。

「私もすっごく先輩が好きアル!でも私何も分からなくてつまんないだろうなぁって思ったらどんどん追い込まれちゃって…」

自分でも何を言ってるのか、言うつもりなのか、よく分かってないけど溢れてくる言葉を全て紡ぐ。

「大好き、ネ…」

ぎゅっと抱き締められ、優しく頬にキスされる。

「よかった…俺も」


しばらく抱き締め合っていると不意に先輩が口を開いた。

「なァ今日さ、帰り…」

あ、暫く一緒にも帰ってなかったものな…

「俺の家泊まれ」

へ?

「抱いて欲しいんだろィ?」

「そういう意味じゃ…」

「俺さっきから…つーかずっと前からムラムラしてんだけど。本当はここで抱きてェ」

「ちょ…」

ちょっと待って…

「でもそりゃ嫌だろィ?だからせめて俺の家までは我慢してやるから」

「…でも」

「今回の騒動の原因は?」

前まであんな待ってくれてたのに卑怯だ!

そんなこと言われたら頷くしかない。

「………優しくするなら」

目を反らされた。

「えええええ!」

「それは応じかねるねィ」

「そこは嘘でも言えヨ!」

すると額にちゅ、とキスされた。

「な、いいだろィ…?」

「う……」

これから絶対いいように流されるアル…


でも以前までの身を切るような不安なんて微塵もなかった。






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