「…さん……ぐ、さん…神楽さん!」

「へ!!?」


どうやらボーッとしてたらしい。
田中君の声で目が覚めた。


「ご、ごめんアル…ちょっと気がかりなことがあって」

「大丈夫ですか?」

「うん…」

せっかく一緒に帰ってくれてるのに失礼アルな。

でもなんか気持ち悪い。
気分が晴れない。

「あの、家着きましたよ?」

「あ!今日もごめんアル!わざわざおくってもらって!」

「いえいえ。彼女をおくるのは当然ですよ」

「…ありがと」

なんで、こんなにも重いんだろ。
なんで、こんなにも寂しいんだろ。

「じゃあまた明日」

………あ、分かってしまった。


先輩がいないからだ。


私って、こんなにも先輩のこと好きだったんだ…

「待って!田中君!」

「はい?」

「ごめんアル、勝手だけど…やっぱり貴方とは…」

「え……」

私ってどれだけ酷い女なんだろう。

「まだ好きな人いるのに、田中君と付き合っちゃったアル!やっぱりこんなの失礼ネ!人の気持ち弄んで…ごめんなさい!!」

精一杯の気持ち。

許してもらえなくてもしょうがないけど、伝えたかった。

「…うん、いいよ」

「え…」

「知ってたんだ。君に好きな人が別にいたのは。こっちこそありがとう。短い間だったけどとっても楽しかった」

「田中君…」


なんて、優しい人だ
その言葉で、私の心はものすごく軽くなっていて。


「でも、友達ではいて欲しいな?」

「もちろんアル!」

「あとさ…」

「うん」

「最後に抱き締めていい?」

「うん!!」

すぐに5秒程ぎゅっと抱き締めあった。

体温が離れ、別れなのに二人とも清々しい笑顔だった。

「また明日!」

「うん!」


別れたからといって、先輩の幸せを壊すつもりはない。

だけど、この気持ちが消えるまで、誰とも付き合わないことを強く決意した。



「別れたのね?」

「…はい」

うらら先輩に、いつも先輩といた空き教室に呼ばれて先輩のことを聞かれている。

別れたというのが嫌だけど嘘を言っても仕方ない…

「そ、貴方なかなか聞き分けがよくていいわね。すっごく良かったと思うわよ?あの人結構酷いときは酷いんだから」

「はぁ…私には、先輩はすごく優しく感じましたヨ」

「それが手なのよねぇ。本当に貴方危なかったわ」

もう、何がなんだか。

あのデートも終始嘘だったのかなって思うと泣きそうになって、下唇を噛んで耐えることしかできないんだ。

「うらら先輩は、まだ沖田先輩とは戻らないんですか?」

「うーん、まだ言ってないのよ」

まだ言ってなかったのか。

だからまだたまに先輩は私を捕まようとするときがある…

「…頑張って、下さいね」

「ありがと。ま、すぐ戻ることにはなると思うけどー」

必死に後ろで手を組んで抓って泣かないようにする。


やっぱり、心の奥では納得なんてできるわけないや


うらら先輩との最低限の会話も終わり、それぞれの教室に帰ろうというとき。


空き教室の戸が勢いよく開いた。
誰か使うのかな……



「せ、せんぱいッ…!?」

「え、あ!」

私の声にうらら先輩も驚いて振り返る。

紛れもなく沖田先輩だった。

「神楽…」

もしかして今ここで二人の仲戻っちゃう?

え、嫌だ、見たくない!

「総悟!」

私が黙っていると、うらら先輩が小走りに沖田先輩に擦り寄った。

見たくないから目を固く瞑っていると次に予想もしてなかった言葉を沖田先輩は発することになる。

「誰でィ?アンタ」

私もうらら先輩も、『え』の口の形のまま固まって思わずぽかんとしてしまった。

「え…総悟!私じゃない!ほら、先々月付き合った……」

「覚えてねェや。そんときは適当に遊んでたんで」

二人のやり取りも、私は未だ目を数回瞬かせて見つめる。

ただ、自分が予想してたのと偉く違うような…

「う、嘘よっ!そんなことある筈ないわ「覚えてねェもんは覚えてねェ。だが知ってはいるぜィ?いつも俺が誰かと付き合う度にこんなことしてるだろ。いちいちイタイ勘違いはやめるこったな」

とりあえずご機嫌ナナメ。
…どころではないかもしれない。

出ていこうにもできないし、場違いにも立ち往生。

「コイツに何吹き込んだか知らねェがなァ、こんなことしてもむしろ俺はアンタを絶対に、未来永劫好きにならねェから。自分でなかなか顔がいいって思ってるかは知らねェが性格不細工なのをまずどうにかした方がいいんじゃねェの?」

痴話喧嘩…なわけないよね?

「なんで…!?こんな子の何所がいいの!!?」

「は?全部」

え。
なにそのざっくりした解答。

真顔で言い切られても…

とうとううらら先輩は飛び出して行った。

とりあえず二人きりになった私はどうすれば…

「さて、神楽」

「は、はい…」

「こりゃあ一体どういうことでィ?」

「せ、先輩が本当はうらら先輩を好きだって言うから!」

「俺は何も言ってねェ」

距離があった間合いも先輩はどんどん詰めてくるのが怖くて私もその分後ずさる。


でも元々教室の後ろにいたものだから後ずさってもすぐに壁に追い込まれてしまった…

「アンタらの会話全部聞こえてたぜィ」

「はい…」

「いつ、俺は神楽と別れたっけなァ?」

「え?」

「いつ俺があの女好きって言ったっけな?」

「…えと……」

「いつ俺が神楽を好きじゃないなんて言ったっけな…?」

「ま、前アル!」

「…ハァ。俺がなんて言ったんでィ」

「えっと……あれ?」

言って、ない…
冷や汗がたらりと背中を這う。

「お前ェに別れを告げられて避けられてた理由をずっと悩んでたけど俺は全く分からなかったんでィ」

「せ、せんぱい…」

「でもそりゃあ分からねェ筈だよなァ?」

私の考え過ぎ?
そんな私に都合のいいことが起こるわけない

既に頭が正常に回らなくなってきてるのにますます混沌としてきた…


へたり、とその場に尻餅をついてしまった。






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