約束の土曜になった。初めて学校以外で遊佐と会うことになり、若干緊張している。朝の鍛錬も、(恥ずかしい話だが)あまり集中できず、母に珍しいと笑われてしまった。約束の時間は午前10時半、場所は駅前の時計台の下。何度も確認した先日のメールをまた開き、確認。何をこんなに緊張することがあるのか、だがそこには確かに喜びのような、胸の高鳴りを感じている。
「弦一郎さん、デートね?」
「!?」
背後から突如降りかかった声に驚いて振り向けば、母が口元を盆で隠しながらくすくすと笑っていた。
「貴方のそんな顔は初めて見るわね」
「む。変ですか」
「いいえ。とても素敵な顔よ。いつも以上にね」
にっこりと微笑んだ母は、俺のジャケットの襟を優しく正して、
「その内、ここにも連れていらっしゃいな。私も会ってみたいわ」
「はい。では、時間なのでいってきます」
「いってらっしゃい。楽しんできて」
嬉しそうな母に見送られ、駅を目指す。少し早く来すぎたか。目的の駅に着いたのは、10時よりも少し前だった。
ふと、待ち合わせの時計台の方へ目を移せば、そこには女性が一人佇んでおり、まさかと思って目を凝らせば、そのまさかの待ち人だった。普段見慣れない私服姿の遊佐に体が固まる。白を基調とした春らしいその服装は、彼女によく似合っている。風が吹いて彼女の髪やスカートが揺れる様は、まるで映画の一幕のようで、美しいと思った。暫く呆気に取られていたことに気付いた俺は、ハッとしてすぐに遊佐に駆け寄る。
「すまない、待たせたか?」
「んーん!私が早く来すぎちゃっただけだから」
当たり前なのだが、話してみればいつも通りの遊佐でほっとした。
「それにしても真田君の私服姿って新鮮!すっごくかっこいいね!」
「遊佐こそ、その…とても似合っている」
素直に綺麗だと言えない自分に、渇を入れてやりたかった。誰よりも強靭な精神を身に付ける努力をしたつもりだったが、こういう面にはやはりめっぽう弱い。駄目だな、と半ば落ち込みかけていると、遊佐は顔を仄かに赤く染めて、照れ笑いを浮かべた。
「ありがとう。嬉しい」
「う、うむ」
顔が熱くなったのを感じ、誤魔化すように顔をそらした。
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