昼休み。朝の集会でのことをまだ根に持ってるらしい赤也がぶつぶつ言いながら俺の隣を歩いている。そんなに文句あんならわざわざ見に行かないでいいじゃん。


「何で俺まで着いて行かされんだよ」

「まあまあいいじゃん」


俺を挟んで反対側ではジャッカルが面倒くさそうにため息をついている。それでも俺に着いて来るあたり、やっぱジャッカルってお人好し。


「岡野流兎か…。今朝のような奇行を幾度となく繰り返しているようだな」


柳がノートをめくりながら、ポツリとつぶやく。確かにあんだけ大胆行動を起こしてりゃ誰だって気になるし噂も立つよな。そうなりゃ一生徒とはいえ柳に情報が入ってくるのもおかしくない。


「じゃあ俺みたいにあいつの変な行動見てる奴が結構いんのか」

「そのようだ。俺の耳に入ってくるくらいだからな」


柳のノートには全生徒の個人情報が詰め込まれている、という噂をよく耳にするがあれはガセらしい。まあほんとだったら怖いけどな。いろんな意味で。


「絶対幽霊か何か見えてんすよ」

「うーん、幽霊って言われてもいまいちピンとこねーな」


赤也が相変わらずムスッとした顔で言う。怒っちゃいるけど気になるには気になるんだろうなぁ。それを宥めながらジャッカルが苦笑。確かに俺もテレビとかの心霊映像的なあれでしか見たことないからな。まああれも本当に幽霊なのかわかったもんじゃないけど。

2年の全教室をちゃちゃっと覗いてみたが、お目当ての岡野とやらはどこにもいなかった。流石に柳もデータ不足で行き先の予想はできず、四人で仕方なくぶらぶらと校内を散歩することとなった。まあ、実際岡野とやらはこのとき口実でしかなくて、行く宛てを持て余しただけだったんだけど。


「…ん?」


ちょうど旧校舎の渡り廊下に差し掛かったところで、赤也が何かに気づいたのかとある場所を凝視している。


「どうしたんだよぃ?」

「柳先輩、あれって、岡野じゃないすかね」


赤也の指差す方には、昔旧校舎が使われていた頃に栄えていたと思しき花壇がある。今は雑草が乱雑に生えているだけのそこに、見慣れた制服が埋もれているのが見えた。


「…そのようだな。特徴がデータと一致している」

「へー、案外普通じゃね?てか赤也よく見つけたな」

「確かに普通の女子だな」


なんかもっとオカルトめいてる変な奴だと思ってたから、案外普通だなー、と思った。てか、


「あいつ、何か言ってね?」

「あれ、隣に犬いますよ」

「うお、マジだ。迷い犬か?」


ジャッカル、触りたそうだな。岡野の隣には、日本犬と思わしき犬がこちらに背を向けてきちんと座っている。4人で岡野に気付かれないよう、音を立てないように近付けば、段々岡野の声が聞こえてきた。


「いや、本当に斉藤さんいい加減にしてよ。私のお昼ご飯毎日とってかないでって…ん?…ばっ!馬鹿にしないでよ!斉藤さん以外にもちゃんと話し相手くらいいますぅー!」


あちゃちゃちゃイタイイタイイタイイタイ。痛い系女子か。犬としゃべるとか。もう帰ってもよかったが、赤也がおもしろがってもっと近づこう、とジェスチャーしてくる。仕方なく近づくが、柳とジャッカルはついてこなかった。ちっ、裏切り者。赤也一人で行かせりゃよかった。


「斉藤さん、今日のハンバーグほんとにうまくいったんだよ。たまねぎ入ってるから斉藤さんにはあげないけどね。やーい」


近づいていくにつれて、岡野の声が大きくなる。本当友達いなさそうだな。犬は基本きちんと座ったままで、軽く動くだけ。そろそろ戻ろうぜ、と赤也に切り出そうとしたその時、


「おいお前ら何覗いてんだ」


岡野たちのいる方から野太い男の声が聞こえ、しりもちをついた。待て、周りに男子生徒や先生はいないはず。というかこんなところまできてる物好き自体いない。その草むらの影に隠れていない限り、この空間には俺たちと岡野と犬しかいないはずである。俺のしりもちの音に、岡野と犬がじわじわとこちらを向いた。いや、こちらを向いたのは一瞬だったのかも知れないが、そのときはなぜかスローモーションに見えたのだ。

こちらを見た岡野は言わずもがなとても驚いた顔をしていた。が、俺たちの目線を奪ったのは


「っ!?」

「おいおいおい嘘だろ!?」


こちらを見た犬の顔は、完全に人間のそれだった。