白状するなら、私は彼のことが初めから好きだった。パンばっかりで栄養偏るから、っていうのは、勿論口実だった。神様が、ラストチャンスとばかりにくれた「高校3年生、同じクラス」という絶好の機会を逃したくなかった。

女子の中で、彼と一番仲が良い自信はある。あれからよく話すようになったし、できるだけ毎日お弁当を作れば、すんなり受け取ってくれる。お弁当を作れない日、ごめんね、と謝れば「無理すんなし。でもお前の弁当食えないと力出ねぇ」なんて言って私の心をギュッと鷲掴みにしちゃうのだ。











その日はたまたまテニスの練習が休みで、俺は商店街で買ったたい焼き片手に家に帰っていた。そこに見覚えのある後姿ひとつ。両手には3人、小さいのを連れて。

「名字?」

「あれっ!?大曲!」

振り向いた名字の胸元には、さらにもう1人、かなり小さいのがすうすうと寝息を立てていた。

「おねえちゃん、このおにいちゃんだれー?」

小さいのの中で一番デカイの、が、首をひねって名字を見つめる。名字は一瞬俺に視線を合わせると、苦笑いしながらチビを見下ろした。

「んー、お姉ちゃんの友達だよ」

「顔こわーい」

「こあーい」

「こら!お姉ちゃんの友達にそんなこと言わないで!」

「ガオーッ」

「「きゃーっ」」

両手を上げて叫べば、甲高い悲鳴を上げながらあはははと無邪気に笑うチビ達。その笑顔はまさに名字のそれだった。

「こいつら名字の…?」

「うん、兄弟なの。あはは」

苦笑した名字は、1人手を離して駆けてった真ん中のチビを「こらっ!勝手に行かないよ!」と叱りつけている。

「俺が連れてきてやるよ」

「え?」

小さな歩幅でちょこまかと動き回るチビを抱いて、名字の元まで連れて行く。あははははと笑いながら身をよじって俺の腕から逃げようとするチビを抱えたまま、ポカンと口を開ける名字を歩くように促す。

「えっ…と。ありがと、あの…ふふ。なんか変な感じ」

「いつもこんなやってんのか?」

「そうだねー、だいたい園の送り迎えは私」

腕の中で大人しくなったチビを下ろして、手を握る。身長差に合わせて屈んだ腰が少し痛い。

「ねーお兄ちゃんってなんて名前!?」

「りゅうじおにいちゃん、だよ」

不意に名前を呼ばれて思わず名字を見る。「ね?」と目を細めてはにかんだように笑う名字が眩しくて「おう」と素っ気なく目をそらした。

「いーなー!ぼくもりゅーじお兄ちゃんと手つなぎたい」

「いいぜ、来いよ」

「やったー!」

「ごめん、ありがとう」

一番小さなチビを片手に、名字が歩く。それを、両手にチビを2人連れて俺が付いていく。周りから視線を感じるが、知らない振りをして歩いた。









「はーい、着いたよ!こらまず手洗って!」

「りゅーじにーちゃんはやく!あそぼー!」

ドタドタと家の中に走っていくチビたちを制しながら、名字が俺を振り向く。

「弟達のことありがとう。汚いんだけど良かったら上がっていって」

靴を簡単に揃えながら名字が笑う。玄関先に出ている靴の数だけで、俺の家の三倍くらいあった。俺の家よりも物が溢れていて、でもある程度整頓して置かれている。だがそれも束の間、すぐにチビ達がオモチャやら絵本やら広げまくって、足の踏み場がない。名字が片付けたそばから、その場所はすぐに散らかされる。キリがねぇ。

そこで俺はハッとした。いつも名字が言う片付け下手とはこういうことなのだ。キッチリなんて片付けていられない。パパッと片付ける癖がついて、きちんとした場所など気にしていられないのだろう。俺は何となく申し訳ない気持ちになって、名字の顔を伺い見た。名字は俺と目が合い、またにっこりと笑みを浮かべた。





Top