私はあの時の奴の言葉を、一生涯忘れることはないだろう。


『うっさいねんカメ!!!!』


あれはもう二年ほど前になるのか。東京から転校したばっかりの時だから、中1のころ。知らない街並み、慣れない言葉たちに飲まれそうになりながら、ただ母の後に着いて、初めて見る学校の校門をくぐった。夏休み前まで通っていた学校とは、当たり前だけど全く違う校舎にドキドキする。今日からここに通うのよ、なんて言われても簡単には整理がつかなかった。

担任だという優しそうな先生にホッとしつつ挨拶をして、職員室で母と別れて教室に向かう。ガヤガヤとした感じはどこの学校も同じようだったけど、なにぶん言葉が違うので少し引いてしまう。


「皆静かにせえ。今日転校してきた名字名前さんや」

「名字名前です。東京からきました。よろしくお願いします」

「えっらいのんびりした話し方やな!東京の言葉はみんなそうなんか!?」

「コラ謙也!」

ギラギラとした金髪が、窓から差し込む日差しを浴びて眩しかった。いかにもクラスの中心らしいえらく顔の造形の綺麗な男の子は、しかし中1らしく幼く私をからかった。

「いいんです、先生。そういう事もあるかなって思ってたので」

「お、おお…名字さんは大人やな」

「ありがとうございます。あ、席は彼の隣ですか?」

「せやねん、悪いなぁ」

「先生それはどういう意味や!」

ゲラゲラと笑いに沸くクラスの雰囲気に飲まれながら、金髪の隣に座る。未だに引かない喧騒の中、彼だけに聞こえるような声量で呟く。

「おい金髪」

「、え?」

「そのギンギラな金髪の方がよっぽどだからな」

にこりと笑ったまま彼のアイデンティティを否定してやれば、彼はブワッと涙を目に溜めて、顔を真っ赤にして冒頭の台詞を叫んだのだ。





「なあ、名前ってさ、」

「ん?」

「いつから俺のこと好きやったん?」

「教えないけど」

「即答かい!…ほんまひどいわ」

口を尖らせる恋人が可愛らしい。今日も太陽の光を浴びてキラキラと輝く金髪を触って楽しむ。彼はよく私に対してひどい、と言う。たしかに意地悪な自覚はあるが、それはあまりにも可愛い反応をする謙也が悪いのだ。
謙也の匂いで満たされた部屋で、彼の頭をなでながら抱きしめる。髪に顔を埋めれば、ふわりとシャンプーの香りがして、ますます心地いい。

「可愛い。本当に。好きだよ謙也」

「ちょっ、ほんまに…あかんてもう…」

顔を真っ赤に染めた恋人が、耐え難いとばかりに私の背中に腕を回す。
この二年で驚く程の成長を遂げた彼。初めに出会った時はそこまでなかった身長差がどんどん開き、今では頭ごと見上げるほど。あの小さくて可愛かった彼もかなり捨て難いが、こんなに格好いい青年になってしまったら文句はつけられない。
私をベッドに寝転んだ自分の体の上に乗せて首筋に顔を埋める謙也は、甘い雰囲気を醸し出している。どうしてか、彼が期待をすればするほど、意地悪してしまいたくなる。やっぱり私、ひどいのかな。

「ねぇ謙也」

「ん?」

「今、生理」

「えっ!?」

頭を殴られたように驚愕した彼に、笑いが込み上げる。

「嘘やろ!?」

「うん、嘘」

「はぁああああ!?」

私に組み敷かれながら絶叫した謙也に、もう笑いが止まらない。可愛すぎる。しかし本気で眉間にしわを寄せた謙也が私の手をぐっと引いて顔を近づけた。

「もうあかん。俺は怒ったで」

あ、雄の顔。そう思った時には少し乱暴な口付けが降り注いでいて、私は息つく暇もなく彼の中に身を沈めていくのである。



好きだよ。出会った頃から。金髪なのに無邪気でアホ可愛くて、頼り甲斐もあるし優しいし、みんなに好かれる私のアイドル。そしてまたあの時の絶叫が頭をかすめて、笑いが込み上げてきた。

「カメってなに」

例えが可愛すぎる。






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