王子様にはお姫様がお似合いなので、町娘Dの私は大人しく撤退しなければいけないのである。


「というわけで、やっぱり私じゃ駄目だと思うんだ。白石君にはもっと素敵な女の子が似合うと思う」


人気のない体育倉庫裏で、白石君にそう告げた。白石君は一瞬呆気に取られ、すぐに怒ったような顔になった。


「待てや。何でそうなんの」

「白石君が眩しすぎるんだもん」


そう、王子様はいつだって輝いているから、町娘のおんぼろなその服がどんどん目立ってしまうのだ。私はいつだって影で囁かれている。不釣合い。似合わない。彼女達の嫉妬という名の負の感情が私にじわじわと襲い掛かる。


「もっと可愛いお似合いの子がいるよ。私じゃ駄目みたい」

「名前は、俺が何で名前のこと好きか知っとんの?顔で選んでんのとちゃうで」

「…わかんない。けど」

「けどやあらへん。ならなんや、名前は俺のこと顔だけで選んだん?」

「っそれは違う!」

「せやったらそれでええやんか」


ぐっと泣きそうになる。良くない、よくないよ。王子様には町娘Dの苦労は分からないんだ。


「…わかった。でも俺は名前が好きや。名前は?」

「…好き」

「よし」


そして白石君は私を抱き上げた。それは世に言うお姫様だっこというやつ。そしてそのまま体育倉庫裏から出て、どんどん校舎に近付いていく。


「えっ!?ま、待って」

「いやまたへん」


白石君はそのまま校舎へと入った。すれ違う生徒がみんな見てくるし、女子は甲高い悲鳴を上げている。私は驚きと恥ずかしさのあまり、白石君に必死にしがみつくしかできない。


「ええか、名字名前は俺の大事な彼女や!俺が思っとるんは彼女だけ!可愛い思うんも視界に入るのも名前だけや!彼女に文句言うとんのわかったら誰やろうが承知せぇへんで!」


女子の沢山集まった廊下で、白石君は本気で叫ぶ。怒ったような顔をして、いつものニコニコした白石君じゃなくて、本気で叫んだ。周りの女の子達もごくりと息を呑んだり、見てられないと背を向けたり、ばかばかしいと吐き捨てたり、泣き出したり…。白石君は王子様、を自らやめたらしい。


「ええねん、俺は。名前さえ居てくれれば」

「白石君…」

「好きやで」


それは廊下のど真ん中で繰り広げられた喜劇。


「…部長、イタイっすわ」


財前君から相当引かれて、忍足君からも真っ赤な顔で茶化されたけど、幸せだ。今、私たちは確かに駆け落ちに成功したのである。





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