俺の姉ちゃんは昔から泣き虫だ。俺は昔からそんな姉ちゃんをいつも庇ってきた。いじめっ子やら痴漢やらオレオレ詐欺やら。3つも違うのに妹みたいだった。

その代わりに姉ちゃんは、いつでも俺のことを一番に考えてくれた。


「お母さん、私、中学校は外部でいいよ」

「え?でも、立海に行きたがってたじゃない?それに外部だと遠くなるでしょ?」

「うん。でも、ほら、ね?立海だとお父さんもお母さんも大変だから」

「名前…」

「ちゃんと赤也は送り迎えするし、大丈夫だよ」

「いいの?」

「うん。私の希望だから」


俺はその会話を、小学3年生くらいのときに聞いた。夜、たまたまトイレに起きたら、いつも近くに寝てるはずの姉ちゃんがいなくて、通りがかったリビングの電気がついていて、姉ちゃんと母ちゃんが静かに話していた。そのときは何のことだかよくわからなくて、とりあえず眠くて、トイレに向かったような気がする。

そして姉ちゃんは言ってたとおりに、立海には行かなかった。ずっとテニスにのめり込んでいた俺が、立海にいずれいくことになるのを見越していたらしい。

姉ちゃんはいつだって弱くて優しい。


「おい、お前の姉ちゃんじゃねーの?あの校門とこにいる人」

「あ?」


窓の外を覗いていた友人にそう声をかけられ、視線を移せば、確かに姉ちゃんで。だけどその周りにはガラの悪そうな男が四人ほど群がっていた。俺の中でプツンと、血管の切れるような音がして、気付いた時には姉ちゃんを庇うように立っていた。


「てめえなんだこら」

「姉ちゃんに気安く触んじゃねぇよクズが」

「んだよシスコンかよ!マジ笑える!」

「ダメだよ赤也、怪我しちゃう…!」

「そうだな。さすがにこれは見過ごせないだろう」


聞き覚えのある声がしたと思ったら、柳先輩が一人の男の腕を捻り上げていた。


「いっででででで!折れる!」

「いっそのこと折ってやろうか」

「やべえわこいつら!」

「くそっ!」


柳先輩に捻り上げられている男がマジな反応を示したからか、仲間の男達がさっさと退散していく。柳先輩が手を離すと、その男もさっさと逃げていった。


「ありがとうございます…!」

「いえ」


ぺこぺこと柳先輩に頭を下げる姉ちゃんに、まるでどっちが年上かわかんねえな、なんて思いながら笑う。


「姉ちゃん何しに来たんだよ?」

「あ、そうそう、これ。お弁当渡しにきたの。朝、起きられなくて渡しそびれちゃったから。ごめんね」


姉ちゃんは、自分の弁当と一緒に俺の弁当を作ってくれている。そしてこういう事が起こるだろうし、近いほうが何かといいからと、わざわざ高校も立海に近いところを受けたのだ。姉ちゃんは本当、俺のことばっか考えてる。


「わざわざ学校抜けてまでこなくてよかったのに。あ、柳先輩。俺の姉ちゃんです」

「あ、切原名前です!弟がいつもお世話になってます!」

「柳蓮二です。俺のほうが年下ですのでどうか言葉を崩してください」

「あ、う、うん。ありがとう」


コレが、姉ちゃんと柳先輩、二人の出会いだった。




「皆様、これから、花嫁からご両親へ向けて、手紙をお読み致します」


司会の声にハッとして、壇上に目を向ける。緊張した面持ちの父ちゃんと母ちゃん。今まで見たことないくらいに綺麗な、純白のドレスを纏った姉ちゃん。そしてその隣には、白いスーツ姿の、柳先輩。


「お父さん、お母さんへ。私は小さい頃から体も弱く、泣き虫で、とても心配をかけてきました。お姉ちゃんなのに、赤也にまで助けてもらってばっかりで、小さいから仕方ないのかもしれないけど、ちょっと情けなかったね」


段々と嗚咽交じりになりながら、姉ちゃんはどんどん手紙を読み進めていく。やべえ俺まで泣けてきた。周りも鼻を啜ったり、目元をハンカチで押さえたりしていて、俺だけじゃなかったことに若干安堵しながらも、泣きながら必死に手紙を読む姉ちゃんを見る。


「最後に、赤也へ、っ」

「…え、」

「今まで、お姉ちゃんのこと、沢山、助けてくれてありがとう。お姉ちゃん、あんまりお姉ちゃんらしいこと、してあげられなかったよね。いつも赤也が助けてくれて、そして私もそんな赤也に頼りっぱなしで、喧嘩もめったにしなかったよね」


俺の名前が呼ばれたことにビビッて、だけど周りの目なんか気にしている余裕はなかった。どんどん涙があふれてくる。


「お姉ちゃん、赤也が居てくれたお陰で、何があっても助けてもらえるって、心強かったの。どんなに怖い目にあっても赤也がいるから大丈夫って、いつも思ってた。赤也は私にとって、ヒーローみたいな存在だったよ」

「姉ちゃん、」

「赤也、大好きだよ。お姉ちゃん今まで沢山助けてもらったけど、これからは蓮二君と手を取り合って頑張って強くなるから、だから、もう私の事は心配しないでね。その優しさと強さで、幸せになってね」

「姉ちゃんも、」

「…!」

「姉ちゃんこそもう、俺のために我慢したりすんのやめろよ!俺、知ってんだよ!姉ちゃんがいつも俺のためにやりたいこと我慢して、でも表に出さないでいたの知ってんだ!」

「赤也…っ」


立ち上がって、夢中で壇上に上がる。そして、柳先輩に頭を下げた。


「柳先輩、姉ちゃんのこと、宜しくお願いします。俺の、大事な姉ちゃんなんです」

「…勿論だ」

「わがまま沢山言って、幸せになってくれよ、姉ちゃん」

「うんっ、…うんっ…!」

二人で泣きながら、いつ振りか抱き合えば、会場から大きな拍手が沸いた。ハッとして見れば、テニス関連の先輩や友人達も、皆目元を濡らしていた。どっかから、シスコン!って聞こえてきて怒鳴ったら、会場に笑いが起こった。照れくさくてはにかみながら目を擦れば、隣の姉ちゃんが、俺の頭を撫でる。ああ、やっぱ姉ちゃんはいつだって姉ちゃんなんだな、って。

どうか姉ちゃんの幸せがずっと続きますように。

俺、もうシスコンでも全然いいや。





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