「これ、落としたよ」

きっかけはよくある些細なことで、いつも見ていただけの人が突如自分の世界に入ってきたのだ。

特に大坪先輩についてだけ特別な感情を持ったことはない。他の部員同様、頭の中での妄想部員に過ぎなかったわけである。

まあだから、落としたシャーペン拾ってもらっただけでトゥンクなんてことはなくて、一年生らしく元気に笑って、ありがとうございます!と言っただけである。

「元気だな、ちゃんとお礼が言えて偉いよ」

そう言ってニカッと笑った大坪先輩が、私の頭を、撫でる、その時まで。

私に恋という感情は、芽生えなかったのである。







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