その女は、名を名字なまえという。短い髪を眩しいくらいの金髪に染め上げ(しかもプリン)、耳に痛々しくなるほどいくつものピアスを付け、マスクをつけて、制服を着崩し、風紀のふもないような格好で学校へ来る。何度も風紀委員や風紀担当の先生に注意されているが、本人としては別段気にもしていないらしい、というかもはや聞いてない。耳からイヤホンを外そうともしない。


「名字ー、答えてみろ」


それは数学の授業での事。毎度嫌味ったらしいことで有名な教師が、俺の隣の席の女を指す。そう、俺と名字は絶賛お隣さん同士だ。相変わらず名字はイヤホンをつけたまま、教科書も出さずにノートに何かを書き連ねている。


「おい聞いてんのかー?えー?そんなチャラチャラしやがって。えぇ?ブスはモテんぞぉー」


相変わらず腹立つ教師だな。ムカムカしつつ、隣の席のよしみとして仕方なく机を軽く叩いてやる。女はこちらを見やると、何?という視線を送ってきた。イヤホンを外す素振りがなかったので、黒板を指差してやる。すると、マスクの中でああ、と面倒くさそうに呟いて席を立った。席替えをして三ヶ月。名字の声を初めて聞いたかもしれない。あいつめちゃくちゃ綺麗な声してる。黒板を見つめる名字を見つつ、まだネチネチボヤいてる教師。うっぜぇ。名字は黒板を見て立っている。


「ほらわからんだろうが。馬鹿だなぁ、おい。え?こんな簡単な問題もわからんとは猿以下め」


いや、この問題は応用問題だからそれなりに難しい。ちゃんと授業聞いてると自負してる俺でさえ自信がない。だが名字はふとチョークを握り、黒板に数式を書き連ねていく。あいつ字も綺麗なんだなーと、とりあえず呆気にとられた。


「む、むぅ」


教師は悔しそうな声をひねり出した。答えが合っていたらしい。名字はチョークを置くとサッサとこちらへ戻ってきて、マスクを顎の方へずらして「ありがとう」と俺に言う。


マスクを外して見えたその顔も、ちゃんと聞けた声も、すげぇ綺麗で、もう、なんか、さっきからドキドキが止まんねぇんですけど。何これ。





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