彼女はずっと眠っている。何ヶ月もずっと夢の中にいる。時々トイレに行ったりはするものの、それは彼女の意思ではない。眠ったまま歩いている。否、歩かされている。
「もう、起きたくないの」
眠い、眠い。彼女は8ヶ月も前、そう言ってそのまま眠りに就いた。それは俺のせいであるし、俺が全てにおいて悪いと言える。これは間違いなくそうだと断言できる。
「今日は仕事が上手くいかなかった。俺ってやっぱ駄目な奴っスね」
なまえの眠るベッドの淵に座って彼女に語りかける。昔の、あの頃の君ならきっと、こんな俺を叱ってくれるだろう。
『何言ってんの!一日駄目だったくらいで!今日上手くいかなかったんなら次頑張れ!リョータなら大丈夫!』
頬を温かくて冷たい何かが伝う。頭の中に勝手に響く君の明るい声。
「なまえ、俺が悪かったっス」
喜怒哀楽の激しかった素直な君が、ずっと同じ顔で眠っているのを見るのはもう辛くて堪らない。
「もう浮気なんて馬鹿な真似しないっスから…俺にはなまえだけ…なまえ、なまえ…!」
あの時君は、女の子と二人で歩く俺を見た君は、表情を失くした。感情を失くした。心を深く閉ざして、俺を視界に入れなかった。君はもう、この世界にはいたくないと願ったんだ。だから眠りに就いたんだ。俺が消えれば、きっと彼女は目覚めると分かっているのに、俺はなまえを手放すことが出来ない。
「好きなんス…なまえ…」
この声は君には届かないと分かっている。俺は毎日罪を背負い続けて、それでも君の隣にいようとする。本当に彼女の幸せを願うなら、俺は今すぐに此処から立ち去らなければならないのに。分かっているくせにそうしないのは、まだ俺は自分の幸せを手放せないでいるからだ。
眠る君は何処にも行かない、行けない。だから俺がいつまでも傍にいる。ずっと、傍にいる。
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