「お先に失礼しまーす」
「お疲れ様ー」
「おつかれー」
後輩の女子社員が悠々とオフィスを後にする。うらやましい。私も早く帰りたい。なんて思いながらカタカタとキーボードを叩く。資料に目をやれば、今日中には終わりそうもない紙の山。大体、部長がちゃんと伝えてくれてれば、この資料を今日中に終わらせるなんて切羽詰った状況には置かれなかったのに。
「何だ名字。まだ残りか?」
「あ、木吉課長…」
名前を呼ばれて振り向けば、課長が私を見下ろして笑っていた。ただでさえ背の高い課長を座ったまま見上げると、とても首がつらい。課長は私のデスクにコト、と缶コーヒーを置くと、資料を一部手に取った。ありがとうございます、と礼を述べつつ缶コーヒーを手に取る。温かい。両手で包み込むように持って、資料に目を通す課長を見る。
「この内容でこの量を今日中か。厳しいな」
「そうなんです…」
落ち込んでいれば、課長が大きな手で私の頭をくしゃりと撫ぜた。
「コーヒーでも飲んで落ち着け。あと、その資料は二部こっちにまわせ」
「え、でも課長」
「いいからいいから」
皆が帰ってしまい、課長と二人きりになったオフィスは広く感じて。斜め前の課長のキーボードを叩く音がやけに大きく聞こえる。ちらりと課長のほうを見れば、真剣なまなざしで資料に目を通していて、伏せがちな長いまつげが無機質な蛍光灯に照らされて顔に影を作っている。ちょっと、色っぽい。きゅん、となる心臓を押さえつつ、そんなことをしている場合じゃない、と自分に渇を入れてパソコンに向かった。
「おわっ…たー!」
「よし、こっちも完成だ。よく頑張ったな」
「ありがとうございました!課長のお陰です!」
うんと伸びをして時計に目をやれば、午後11時。随分遅くなったな。終電間近だ。急いでお礼を言えば、課長はにっこりと笑った。
「俺終電なくなったからさ、飲みにでも付き合ってくれないか?」
「え、か、課長?それってあのどういう」
「ん?もちろん下心あって誘ってるけど?」
「えっ!」
ドカンと頭が爆発しそうになる。それ以外に何か?とでも言いそうな、さわやかな笑顔に、何故そこまで堂々としてられるのかと逆に不思議になる。
「わわ、私は終電あるので」
「それは一緒に家にいっていいってことか?」
にっこにっこ。本気なのかな冗談なのかな。私だって木吉課長のことは前から気になってたけど、冗談だったら私のこの慌てようはただの馬鹿だ。自惚れだ。
「なん、何で私…なんですか…?」
「ん?そんなの、好きだからだろ?」
ストレートすぎてどうしたらいいかわかりません、課長。クラリと視界が揺れたような気がした私はもうすでに酔っているのかもしれない。
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